前回と同じく本棚から古い本を漁ってネタ探しをした。『増量・誰も知らない名言集』(リリー・フランキー/幻冬舎文庫、2001年)。おお、これはネタの宝庫じゃないのか! と思ってパラパラとめくったが……。そうだった。すっかり忘れていたが、ダメなんだ、コトバスでこの本は。

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 仕方なく本棚に戻そうとしたが、本を手にしたときの癖で「あとがき」を開く。正確には文庫版なので「あとがきのあとがき」となっているが、その1行目に惹きつけられた。

〈理想の暮らしは、言葉のない暮らしだ。なにも喋らなくてもいい。なんの会話もしなくていい。〉

 僕の目が文字を追いかける。

〈言葉は一番、人を傷つける。そして、喜ばせ間違わせる。それのない場所に行きたい。〉

〈“あなたが私を きらいになったら 静かに静かに いなくなってほしい”〉

 島倉千代子『愛のさざなみ』の歌詞を紹介したリリーさんは言葉をつなぐ。

〈本当はそれでいい。しかし、現代人はなぜか「ちゃんと話さなければ」「白黒ははっきりさせなければ」と、そこに言葉をはさみ込み、更にお互いを傷つけ合う。言葉を交わす必要はない。すでに白黒はついているのだから。〉

 僕が好きなのは、最後の〈すでに白黒はついているのだから〉

 このあと我に返ったようにリリーさんは、また力を抜いた文体に戻っていく。まるで飲み会で、自分の世界に耽っていて「どうしたの?」と言われ、笑顔で軽口を言ってごまかすように。リリーさんは書きながら、何かを思い出していたのだろうか。

 そんなふうに想像がふくらむ。

 リリーさんを見ていると、“行間が多い人”だなと思う。きっと酒を飲みながらワイワイやるときはよく喋るのだろう。でも、黙って一人で考えている時間が好きなはずだ。リリーさんのように“自分の言葉”を持つ人は皆、他者に開いているようで閉じている。閉じているようで開いてる、自分の世界に。

 その自分一人の世界で、何か大事なことを思い出したときに、“自分の言葉”が生まれると思う。(DD)