2000年〜2006年に連載された、羽海野チカ先生による大人気漫画『ハチミツとクローバー』。「ハチクロ」という愛称で親しまれ、テレビアニメ化や実写映画化もされたこの作品は、私のバイブルのひとつです。

 美術大学を舞台に、そこに通う美大生や担当教授、周囲の人物が青春群像劇を繰り広げますが、特筆すべきは、登場人物が揃いも揃って“不器用”であること。

 むろん、美大生なので手先はみんな器用で、類まれなる才能に恵まれた人々も出てくるのですが、報われない恋をこじらせたり、自分の才能や生き方について迷いに迷ったりと、生き方が上手じゃないというか、一生懸命、もがいている人物ばかりなのです。だからこそ、彼らに親しみがわくし、自分を重ねて感情移入し、夢中になって読んだのかもしれません。

 さて、冒頭の言葉は、事故で夫を亡くした悲しみを埋めるように、仕事漬けな日々を送る建築デザイナー・原田理花のセリフです。

 主要キャラクターのひとりであり、美大を卒業後は、理花とは別の有名建築デザイン事務所に就職した真山巧は、理花のことを一途に思い続けています。

 ある日、仕事しかしない毎日を過ごす理花が、東京・上野駅でぼーっと寝台列車『カシオペア』を眺めていました。その様子を目にした真山は、思わず理花の手をとり、発車寸前のカシオペアに乗り込みます。

 行き先は、理花の故郷である北海道。東京から札幌まで、飛行機だったら約2時間で行けるのに、寝台列車だと17時間ほどかかります。それなのに、いきなり乗り込んだため、パソコンも、ほかの仕事道具も何も持っていない状態の理花。次の駅で降りるという選択肢もあったはずなのに、それを選ぶことなく、終点まで乗っていくことを決めた理花のセリフです。

 ハチクロを初めて読んだとき、私はまだ高校生。大学生のときも、社会人になってからも、何度も読み返していますが、4年ほど前までは、この理花の言葉に何も感じず、スッと読み飛ばしていました。私はもともと、予定を詰められるだけ詰めてしまうタイプで、休日は、仕事で徹夜明けでも、なんだか身体がだるくても、約束をハシゴしてまでフル活動していました。

 ところが、仕事の無理などがたたって、やむを得ず少しの間、休職することになったとき。無理やりにでも心身を休ませようと思い、財布だけ持って、気分次第でバスや電車に乗る、“ゆったりひとり旅”を敢行したのです。ただ目をつむって電車に揺られることの、なんと心地いいことか。フラッと降りた駅で、初めて見る景色を楽しみながら、時間を気にせず歩くことの、なんと清々しいことか。おかげで心底リフレッシュして帰ってきました。

 その数日後、たまたまハチクロを読み返したら、理花のこの言葉が、じわ〜っと身体じゅうに溶け込んできて、ひとり大きく頷きました

 現代には娯楽も多く、常に何かに追われた日々を過ごす人も多いと思いますが、「何もしない時間」こそ、もっとも尊くて、プライスレスなものかもしれません。時には意識的にでも、そういう時間を確保したいものですね。(横)