この季節になると、脳裏に浮かぶ数十年前の残像があります。

 小学校低学年の夏休み、家族旅行の途中に寄った広島平和記念資料館で目にした展示物です。それは全身焼けただれた姿の人たちが炎の中をさまよい歩く様子を再現したもので(現在は展示されていないようです)、私は子ども心に大きなショックを受けました。

『いないいないばあ』『ちいさいモモちゃん』などで知られる児童文学作家の松谷さんは、子ども向けに戦争を伝える作品も多く著しています。

 1978年に刊行された『まちんと』という絵本では、広島に原爆が落ち、2歳の女の子がひどい火傷を負います。喉の渇きに苦しむ女の子は母親にトマトを口に含まされ「まちんと(もうちょっと)」と欲しがりますが、焼け跡の中からトマトを見つけた母親が戻ってくるともうその子は息絶えていたというお話です。

 松谷さんはこの本を書いたきっかけを、こう記しました。

《戦争の話をきいてくる宿題が出たというので、小学生のむすめに、指が痛くなったよというまで書き取らせました。それなのに不満そうなのです。じれているのです。みんな同じ話をする。食べ物がなかったこと、爆弾が落ちて怖かったこと、それはわかったんだけど…なんだかちがう、というのです

 戦争を二度と繰り返さないために、その恐ろしさと愚かさを語り継ぐのは必要ですが、時代や環境が違いすぎてリアリティーを感じられないこともあるかもしれません。自分自身も海外で実際に起きている惨劇に心を寄せたいと思いながら、どこか遠い国の出来事と捉えてしまいがちです。

 ただ、『まちんと』で描かれる真っ赤な炎と黒い雨、そしてあの蝋人形は今でも忘れられずにいます。(純)