就職活動をテーマにした、浅倉秋成さんによる推理小説『六人の嘘つきな大学生』(’21年、KADOKAWA刊)をご存じでしょうか? 2022年「本屋大賞」にもノミネートされ、現在も書店の人気本ランキング上位に食い込み続ける話題作です。数時間前、10ページほど読み始めたらもう止まらなくなり、水も飲まず、お手洗いにも立たず、一気に読み切ってしましました。興奮冷めやらぬうちに綴りたいと思います。

 本書の帯に書かれた文言は「ここにいる六人全員、とんでもないクズだった」。悲しいかな、何を言ってもネタバレにつながってしまう恐れがあるので、簡単なあらすじさえ、まとめるのを控えますが、ひとつ言うとすれば「この文言もミスリードを誘う伏線でありうる」ということでしょうか。

 私が考える本書のキーワードは、ずばり「先入観」。物語の中では誰も殺されず、1滴の血も流れることはありませんが、センセーショナルなことが起きる以上に、「人間の思い込みって怖い」と身震いさせられます。一度持ってしまうと拭い難い先入観が、就活という、まさに先入観のかたまりであり、ある意味、面接官と就活生との“騙し合い”の温床とも言えるフィールドにうまく組み込まれたことで、唸るような物語が展開されていきます。

 思えば就活、ないし転職活動って、どこまでうまく機能しているシステムなんでしょうね。受験者は、心のどこかでは、“こんなにショボくてどうしようもない自分”であるという思いが拭えなくとも、ひたすらに“自分はいかにすばらしく、御社に必要不可欠であろう存在か”をアピールしなければならない。採用側も、自社のダメな部分を晒さないようにしながら、あの手この手で優秀な人材をいざなおうとし、面接では、“もっともらしい理由”を探して、受験者に甲乙をつける。たとえ面接官自身に、人を見る目があろうと、なかろうと。

 本書を読みながら、就活生の時期と、最近、僭越ながら面接官として採用の一部を担当したときのことが思い出され、どちらの立場でも味わった“心が擦り切れる思い”がよみがえってきました。冒頭のひと言は、目にした瞬間から、胸の奥にズブズブッと食い込んできた言葉です。

 善人は本当に清廉潔白なのか? 極悪人とみんなが言っている人は、やっぱり最悪な人間なのだろうか? そして、いま、自分の目の前にいる“その人”は、本当に“そういう人”なのか? この視点を、特に、自分が苦手としている人、やたらと“いい人感”、“すごい人感”がある人に対しては常に持ち、できる限り相手の本質を見抜く、というか、引き出す努力を怠らないようにせねばと感じました。近いうちに、本書をもう一度、読み返そうと思います。(横)