唐突ですが、ダブスタという言葉をご存じでしょうか? これは「ダブルスタンダード」の略語。2つの異なる基準が併存し、対象によってその基準を使い分ける様子を意味しています。日本語だと“二重規範”と訳されるこの言葉ですが、
「人によって態度を変える」
「言っていることが矛盾している」
「他人に厳しく自分に甘い」
など、意味合いとして“二枚舌”、“八方美人”のような使われ方が多いです。もとは政治活動における差別行為を皮肉った言葉であることから、比較的ネガティブなシーンで登場する言葉でもあります。
言うまでもありませんが、背景/性別/役職/国籍などにより差別的な判断をすることには断固反対。ただ、この『ダブスタ』という概念について、最近気づいたことがあったんです。
ある映像作品でこんなシーンがありました。
過酷な運命を受け入れる代わりに、1つだけ願いをかなえられるという選択に迫られた少女。その少女は、幼なじみで自身が看病していた男の子の病を治すことを願いにし、その運命を受け入れようと考えます。
少女が助けたいと思った男の子は、バイオリニストを目指すも、不治の病によりそれを断念した悲劇の登場人物。その病を治すことができれば、彼は自分の夢をかなえて幸せになれる……。
そう思ったとき、別の少女が彼女に迫りこう問います。
「あなたは彼に夢を叶えて欲しいの? それとも、彼の夢を叶えた恩人になりたいの?」
この言葉を受けるも、最終的にこの少女は自分の意思を貫き運命を受け入れる……。というシーンなのですが、友人と語り合ったときにこういう結論が出ました。
「……え、別に“恩人になりたい”でもよくない?」
と(笑)。
利他の精神を動機に、何かを成し遂げようとするとします。しかし、その行動を通してお金を稼ぎたい、誰かに感謝されたい、好きになってもらいたい、有名になりたい……。そういうエゴは誰にでもあるはずで、それこそが原動力にもなりうる。
“ハレとケ”、“本音と建て前”その積み重ねから、人は日常を生きて行動を起こす。自分の気持ちは常に正解であり、つまるところ《生きてるだけダブスタ》(PUNPEE『フレンヅ』)であると思うのです。
行動を起こす前に、何かそれっぽい理由がないと……と感じて動けないことが多い私ですが、ダブスタ精神で臆せずチャレンジしていきたいものです(西)