「懲役4月、執行猶予2年の判決は重すぎ」と主張して控訴したケースも
2023年7月5日、東京高裁。
道路交通法違反で有罪判決を受けた男性の控訴審があった。首都高の最高速度60キロのトンネルを、時速150キロで走行したケースだ。
東京地裁で懲役4月、執行猶予2年の判決を受けたが、量刑不当を理由に控訴。判決は重すぎて罰金刑が相当、という主張だった。
スピード違反で捕まった被告は、一様に「そんなにスピードを出していた実感がない」と主張する。故意に違反を行ったと判断されたくないからだ。しかし、「スピードメーターが壊れていた」「ブレーキが故障していた」などの理由がないケースは、ほとんどが過失ではなく故意と判断される。
弁護側は「ほかの車の流れどおりに追い越し車線を走行していた。本人としては110キロ程度で走っていた、という認識」と主張したが、高裁は「危険性を十分に認識していた」と判断して控訴棄却に。
この裁判では、被告人本人は出廷しなかった。控訴審の場合、被告人が出廷しないことも多い。
女性被告人は、執行猶予判決の後、傍聴席に駆け寄って、泣き崩れた
2022年11月9日、被告人席の井上恵子(仮名・67歳)は、上下黒のパンツスーツ姿。ぱっつん前髪にポニーテールの上品な女性だ。かなり当惑して、緊張している様子だった。
検察官に犯行当日の状況を聞かれたときには、すでに涙声だ。
「友人と食事をして、遅くなりました。お酒は飲んでいません。夜12時ごろかと思っていたら、1時近くになっていたので焦っていました。
首都高に入って、前後に車が走っていなかったので、不安になりました。当時は、首都高は制限速度が80キロだと思っていました」
運転していた自動車はスカイラインで、所有者は弟。その日は弟から借りて運転していた。最高速度60キロの首都高速を時速141キロで走行して、オービスに認知されたのだ。
検察官は「時速81キロもの速度オーバー。過去に30日の免許停止処分を受けている。前科がないことを考慮しても、重大な事故を起こす可能性があった」と、懲役3月を求刑した。
井上被告の弁護士は、「被告の認識は時速120キロ程度で、制限速度80キロと理解していたので、40キロ速度超過の認識。限りなく過失犯に近い速度違反。深夜で暗く、周りに自動車がいない状態で、自分の車の速度を認識できていなかった」と。
法廷での井上被告は、ハンカチで何度も涙をぬぐっていたが、弁護士との打ち合わせでも、涙が止まらない状態だった、という。
「40年以上の運転歴で事故は一度もない。事件後は一人では運転せず、必ず家族や友人に同乗してもらって、注意しながら運転している」と弁護士。
判決は懲役3月、執行猶予2年。
判決を聞いた井上被告は、執行猶予がついたことに安堵した様子だった。
還暦を過ぎた年齢まで前科がなく、逮捕歴もない。初めての刑事裁判法廷で、被告人として、検事から追及を受けたのだろう。
弁護士からは、実刑になって刑務所に入る可能性は少ない、と聞かされていただろうが、実際に判決を聞くまでは、不安だったに違いない。
判決の後、井上被告は、裁判官と弁護士に深々と頭を下げた。
そして緊張が解けたのか、感極まった様子で傍聴席へ。最前列に座っていた友人らしい2人の女性のところへ駆け寄って、抱きついて号泣した──。
《執筆者プロフィール》
青山 泰 (あおやま・たい) 山口県生まれ。慶応大学法学部法律学科卒業。週刊誌で事件取材、皇室取材などを担当。月刊誌や医学書で編集&ライター。現在は、定期券で東京地裁に通い、ほぼ毎日傍聴を続けている。趣味はスパイスカレー作り。32種類のスパイスを常備し、究極カレーレシピ作成の試行錯誤を続けている。