社内では賛否両論、読者や福祉関係者らは「よくぞ書いてくれた」

 このときの紙面連載で、社内からは「どうなんだ」という声が上がった。「今まで赤ちゃんポストを取材して書いてきた記者たちの記事を否定することになるのではないか」と。それでも、森本さんはめげなかった。

「病院から発信された情報をそのまま載せるのは、記者として違うと思っていました。手放しで“赤ちゃんポストはいいことだ”と言えない実態もある。でも、それを書かなければ問題をあぶり出せない、解決の道も探れないということです」

 救われる命とひと言で言うが、何をもって「救われる」のか。命が助かったことは、イコールその個人を救ったことになるのか。「人が生きるとはどういうことか」という根源的な問題を含む、この複雑な課題に、森本さんは真摯(しんし)に取り組んだ。福祉関係者を通じて、実際、ポストに預けられた子どものその後も追っている。

 '17年に彼女が書いた「ゆりかごの10年」という熊本日日新聞の連載は、その取材の苦労がわかるような見出しが躍る。

1 なぜ……親のこと知りたい 預けられた子ども
2 先進地ドイツ 廃止勧告も 救えるか子どもの命
3 赤ちゃん処遇 決められず 開設者の誤算
4「犯罪」との境界どこに 遺棄での立件なし
5  親不明 健康保険入れず 医療公費から拠出
6 必要性増す 国の法整備 出自を知る権利
7「本当に救えているのか」理念と現実に隔たり

 この連載は社内でも賛否があったが、読者や福祉関係者、医療関係者からは「よくぞ書いてくれた」という声も届いたという。

 この連載を通して、彼女自身も「書けないこと」だと思い込んで、知っても書かずにすませた内容があった。誰に対して忖度(そんたく)しているのか、なぜタブーだと思っていたのか。誰のために仕事をしているのか。

「結局、自分が傷つきたくないんですよね。だから“忖度”してしまう。だけど、それは記者としてやってはいけないこと。改めてそう感じました」

 '18年、彼女は別の部署に異動となった。だが取材は続けたかった。だから本を書こうと思ったのだ。実際に、本にできるかどうかはわからないが、「とりあえず原稿を書こう」と決める。そんなとき、「小学館ノンフィクション大賞」募集の記事を見つける。締め切りまで、残り3か月しかなかった──。

はたして森本さんの原稿は間に合うのか、出版にこぎつけることはできるのか? インタビュー第2弾では森本さんと勤め先との攻防も、さらに詳しく伺っています

(取材・文/亀山早苗)


【PROFILE】
森本修代(もりもと・のぶよ) ◎1969年、熊本県生まれ。静岡県立大学在学中の1996年にフィリピン・クラブを取材して執筆した『ハーフ・フィリピーナ』(森本葉名義/潮出版社刊)で、第15回潮賞ノンフィクション部門優秀作。1993年、熊本日日新聞社入社。社会部、宇土支局、編集本部、文化生活部編集委員などをへて、編集三部次長に。2022年には約29年間勤めた同社を退社し、フリーライターとなる。

『赤ちゃんポストの真実』(森本修代著/小学館刊) ※記事中の写真をクリックするとアマゾンの商品紹介ページにジャンプします