1965年1月に放送がスタートした長寿番組『テレフォン人生相談』(ニッポン放送)が今年で放送57年目を迎えた。そして、同番組から初めての書籍『テレフォン人生相談−心のマスクを忘れるな−』(扶桑社)が9月22日に発売された。著者は同番組でもおなじみ、心理学者で早稲田大学名誉教授の加藤諦三先生だ。
昭和、平成、令和と時代を超えてさまざまな人の悩みに答えているが、時代は変わっても「人の悩みの本質」は変わらないと話す。そんな加藤先生に、悩みとの向き合い方をうかがった。
姉の代わりに結婚夫との不仲に悩む
加藤先生は、文化放送のラジオ番組『セイ!ヤング』のパーソナリティーになった30代前半にリスナーの相談に乗りはじめた。それが電波に乗るというのはかなりのプレッシャーだったと思うが……。
「そういう意味のプレッシャーはなくて、忙しさへのプレッシャーはありました。当時は早稲田大学の非常勤講師で、講義が終わるとすぐにタクシーで文化放送に向かう日々。局に着くと悩みの手紙がたくさん来ていて、すぐにディレクターと打ち合わせです。食事をする時間もなく、移動中にこっそり握り飯を食べたり、無理がたたってキャンパスで倒れ、救急車で運ばれたこともありました。でも、その翌日は大学で講演会の予定が入っていたので、担当者が病室まで来て『明日の講演は大丈夫でしょうね?』と確認されました(苦笑)」(加藤先生、以下同)
加藤先生がニッポン放送の『テレフォン人生相談』でレギュラーとして相談を始めたのは1971年から。先生いわく、悩みの原因にそれほど多くのバリエーションはないとのこと。中でも多いのは「市場型」と呼ばれる相談だ。
「自分が“どうあるか”が大事なのに、それよりも人に“どう見られるか”を重視する。他人に対し、自分が望むように見せることができたかで悩んでいる。幸せになりたいというより、幸せに見られたい『市場型』の悩みです」
加藤先生が『テレフォン人生相談』で印象に残っている市場型の典型として、こんな相談が番組に寄せられたという。
「女性からの相談で、夫とうまくいかないという悩みでした。その女性に『恋愛結婚ですか? お見合いですか?』と質問すると、そうではないと言う。話を聞くと、お姉さんが結婚式当日に『どうしても式に出るのが嫌だ』とゴネ、お母さんが土下座して『頼むから代わりに行ってくれ』と相談者に頼んだらしい。
そして、その女性はお母さんの顔を立てるため、しょうがなく花嫁として式に向かったそうです。それが、今になって『夫婦仲がうまくいかないんです』と悩んでいる」
ルネッサンス以来競争社会になり、さらに資本主義社会になり、商品だけでなくわれわれ人間もマーケットに出される現代。結婚破談を隠そうとし、幸せな家族と見られるために取り繕った結果、この悩みは生まれた。
大抵の悩みは「あなたに原因がある」
ところで、加藤先生本人が誰かに悩みを相談することはないのだろうか?
「今ある悩みというのは何千年前にもあったもので、新しい問題なんてないんです。例えば、親子の相続の悩みがよく寄せられるけど、親子の葛藤なんてギリシャ神話に最初からあるでしょ。そういう本を読めば、もう全部出てるんです。
だから僕は『なんでみんな本を読まないんだろう?』って思うんだけど。本から学んで、自分の心に向き合えばいいのに。いちばん難しいのは自分を知ることで、いちばん簡単なのは人を批判すること。で、そのいちばん簡単なことをやっている人が悩んでいるわけです」
近年話題となった相談がある。息子の暴力と引きこもりの問題で電話をかけてきた60代の元女性教員からの相談だ。「相談して損した。こんなバカバカしい話で、この失った時間をどうしてくれる」と怒りをあらわにし、「もういいです!」と言いながら電話を切らない。
「依存的敵意といって、依存している相手に敵意を持っている。その相談者は、『子どもの担任が悪い』といった自分の望む回答を求めて電話をかけてきました。ところが、相談では『いや、あなたが悪いんだよ』と自分のいちばん望まない答えが返ってくる。だから、面白くないわけですね」
多くの相談は、「悩みの原因はあなたにある」という回答に行き着くらしい。わかりやすいのは以下のケースだ。
「会社で上司に歯向かえないから、家に帰ってその不満を妻にぶつけて晴らす夫がいたとします。これは憎しみの本当の対象から目をそらし、当たり障りのない人に怒りの対象を置き換えているだけ。“攻撃性の置き換え”です」
攻撃性は絶えず安全なところへ向けられ、“攻撃性の置き換え”が起こる。そうすると、怒りは別の形になって表れる。例えば、夫への憎しみを子に置き換えた母の虐待になったり、親への怒りが屈折した不登校もそうだ。それが、人間が抱える悩みの構造である。
「『幼児虐待をしてしまう』という相談は昔から多いです。でも、今日来たこの相談と先週来た相談は、一見同じものだけど本質はまったく違う。なぜ、この人は幼児虐待をしてしまうのか、原因は千差万別です。
アメリカの精神科医のアーロン・ベックは『Depression』という本で、『“うつ病です”と言う患者に“この患者はうつ病なんだ”とそのまま治療をしたら、その医者は失格である』という趣旨のことを書いています。幼児虐待という現象だけを見るのではなく、相談者にどんな怒りが蓄積されているのかその原点を見抜かなければならない。それが、この番組が半世紀以上続いている理由です」
つまり、『テレフォン人生相談』が行っているのは相談者の本当の気持ちを指摘し、成長を促す作業だ。
「幼児は常に『あれをやってほしい』と親に依存します。そして、人は持って生まれた退行欲求がある。“大人になった幼児”も成長しない限り、『会社で同僚がこうしてくれない』と不満を抱き続けてしまうわけです」
コロナ禍こそ必要「心のマスク」
本のタイトルにも使われている「心のマスク」という言葉はどういう意味なのか?
「自分の人生を活性化させるのに最も安易な方法は、人を巻き込むことです。例えば、『あなたのことを思えばこそ』と言いながらグチグチと子どもを責める親。そうすることで、その親は自分の人生を活性化させようとします。
心を病んだ人はみんな、心を病んだ人と関係ができている。だから、マスクをしてそういった人たちのまき散らす不幸を吸い込まないようにしましょうということです」
新型コロナウイルスの感染拡大で、人との距離感が測りにくくなった今。だからこそ、心のマスクが不可欠な時代なのだと肝に銘じたい。
加藤先生の心の処方箋
●悩みの本質は変わらない
「『市場型』の悩みは資本主義社会になってからずっとあるし、親子関係などさまざまな問題は旧約聖書に書かれたものばかり。“人類の知恵”と言われる本を読めば全部出ています」
●悩みの解決には地獄を通らなければならない
「自分が認めたくないもの(目をそらした怒りの感情など)を認めていないから悩むわけです。解決するには地獄を通過し、認めたくない真実に気づかなければなりません」
●やっちゃいけない言動はないが、関係性にふさわしくない言動はある
「相手との関係性で“言っていいこと”と“悪いこと”は生まれます。親しい人に愚痴を言ってもいいけど、初対面にはダメ。コロナ禍で人との距離感を見失うと、それがつかめなくなります」
●心のマスクを忘れるな
「自分の人生を活性化するために他者を巻き込もうとする人がいます。つまり、毒を吐く人に巻き込まれるから悩んでしまう。心のマスクをして『さよなら』と言えばいいんです」
ライターが相談してみた
今回取材を担当したライターT、実は人知れず深い悩みを抱えていた。せっかくなので、この機会に加藤先生に相談を……。
ライターT「父に怒りを向ける認知症の母が家の財産を持って家出しました。父は母との復縁を望んでいるのですが、私は財産だけでも取り戻したいと思っています」
加藤先生「長年にわたり抑え込んできた怒りがこの年齢で出てきたから、これは大変。理屈は通じないし、“なぜわからないんだ!”というお母さんの憤りもあなたに向いています。高齢者の感じ方は若い人と違って、理屈に感情が追いついていかない。蓄積した感情がある分、幼児に理屈を言うより難しいです」
加藤先生の言葉で、老齢の母との親子関係の難しさを再認識したライターT。これからが正念場だ──。
《PROFILE》
かとう・たいぞう ◎1938年生まれ。社会心理学者。早稲田大学名誉教授。2009年東京都功労者表彰。2016年瑞宝中綬章受章。ラジオ番組『テレフォン人生相談』(ニッポン放送)に長年出演。『不安のしずめ方』(PHP研究所)など著書多数。
(取材・文/寺西ジャジューカ)