菅前首相の「地銀は多すぎる」発言で、風当たりが強まるばかりの地方銀行。地方の人口減少と不況で経営が悪化する中、コロナ禍で経営統合・再編がさらに加速している。自分が利用している銀行がそうなった場合、暮らしにどんな影響があるのだろうか?
◇
日本全国にある地銀は現在99行(令和3年5月1日時点)。北は北海道銀行から、南は琉球銀行など、以前から見る顔ぶれが並ぶ。しかし中にはあまり見慣れない銀行名もある。
「地銀はかなり前から合併や統廃合を繰り返しています」
と語るのは、銀行や民間企業の統廃合に詳しい、フロンティア・マネジメント代表の大西正一郎さん。
預金保険機構「預金保険対象金融機関数の推移」によれば、地銀の数はバブル期の1990年には132行だったが、相次ぐ統廃合で25%減少。今後もゆるやかに減っていくとみられる。
「地銀は地元の個人や中小企業に、きめ細かなサービスを提供していました。しかしそれができなくなり始めています」(大西さん、以下同)
地域の過疎化により利用者が減少
地銀の経営状況は全体的に悪化している。その理由は大きく2つ。
「1つは、地域の人口が減少していること。今や人口は都市部に集中し、地方は過疎化が進むばかりです」
その地域から企業や個人がいなくなると、預金を集めたりお金を貸し付けたりすることが難しくなる。よって今まで利ざや(融資と預金の金利差。例えば金利4%で個人から集めたお金を5%で企業に融資した場合、利ざやは1%)を利益としていた地銀の経営が立ちゆかなくなるのだ。
「もう1つは、低金利の状態が日本で続いていること。バブルが崩壊した1990年より前は、利ざやが1%はあったのですが、今は日本銀行の低金利政策によって、利ざやがほとんど期待できなくなりました」
儲(もう)かりにくくなった地銀は、この先経営状況が悪化して倒産するのを防ぐために、ほかの銀行と合併する道を模索している。
コロナから数年後、徐々に影響は表れる
「実はコロナ禍ではなく、コロナから数年たった後がピンチかもしれない」と大西さん。
「今多くの中小企業が、地銀からお金を借りています。今のうちはこのお金があるから事業を続けられますが、長引くアフターコロナの余波で、近いうちに返済がままならなくなることも考えられます。もし融資先の企業が数多く倒産した場合、地銀の経営も破綻する可能性があります」
地銀は先の危機を見据えて、今から統廃合などを積極的に検討しているのだ。
もしこの先、地銀が数少なくなったら「徒歩圏内の銀行店舗がなくなってしまう?」「自宅まで集金に来てもらえなくなるの?」「これまでの通帳やカードは使えなくなる?」という疑問が生まれる。
遠い世界の話ではない銀行同士の合併。実際はどうなるのか、確認しておこう。
銀行は簡単には「つぶれない」
統廃合をする地銀がもっとも避けたいのは、多くの不良債権を抱えることによる倒産だ。だが、地銀などの金融機関が完全に倒産するケースはごく少ない。例えばバブル崩壊後の影響が出始めていた1997年11月には、三洋証券、北海道拓殖銀行、山一證券、徳陽シティ銀行が同じ月に相次いで経営破綻しているが、いずれも倒産までは至っていないのだ。
「経営破綻した銀行や証券会社の多くは、完全に倒産するのを避けようとします。その逃げ道が合併や統廃合でもあるのです」
バブル崩壊後の日本は長い不況に。2008年にはアメリカのリーマン・ブラザーズ証券の倒産を引き金として「リーマン・ショック」が起こる。三菱・三井住友・みずほという巨大メガバンクグループを筆頭に、各金融機関は合併や統廃合によって完全倒産を避け続けている。
新サービスなど利用者のメリットも
地銀が統廃合する場合、どのようなパターンがあるのだろうか? 多くは同じ営業エリアで統廃合するが、中には違う営業エリアを持つ地銀同士が提携・統廃合するケースもある。
「同じエリアの代表例、青森銀行とみちのく銀行は、往年のライバル地銀同士。この2銀行が2024年4月をめどに合併することを発表。大きな話題となりました」
一方で、福岡県で営業していた福岡銀行は、2007年にふくおかフィナンシャルグループ(以下、ふくおかFG)を設立。熊本県を基盤とする熊本銀行や、長崎県が基盤の十八親和銀行をグループ傘下に入れ、九州エリアで巨大なサービスネットワークを作り上げている。
とはいえ基本的には、前述のように同じ都道府県内で統廃合を行うケースが多い。そのメリットは何だろうか。
「いちばんのメリットは、銀行運営にかかるコストが削減できること。同じエリアにある店舗を1つ閉鎖するだけでかなりのコスト削減になります。ただし顧客にとっては、最寄りの店舗がなくなるデメリットも」
では営業エリアが重ならない地銀同士での統廃合や提携は、どんな意味があるのか。
「営業エリアが拡大することで、銀行グループとしての存在感が絶大に。経営基盤も安定するので、新しいサービスを提供しやすくなります」
例えば前出のふくおかFGは、2021年5月にスマホアプリで利用できるネット銀行「みんなの銀行」を運用開始。地方銀行といえば地元の方が利用する、という常識を覆した。こうした例が増えたら、私たちもますます地銀を利用しやすくなるかもしれない。
自動支払い・振り込みは注意が必要
では実際に自分が利用する地銀が統廃合したら、どうなるのだろうか。ここから先は、金融や経済の流れ、消費者への影響に詳しい愛知産業大学教授の奥田真之さんに話を聞いた。
「統廃合する際、顧客への影響はなるべく出ないよう配慮されます。通帳やカードは、しばらく現行のものが使えると思いますよ」
ただし振込時などに使用される「金融機関コード」は新しくなるため、給与や光熱費の振り込みや引き落としを設定している方は注意が必要だ。
統廃合によって、客を取り合うライバル銀行がなくなった場合、銀行のサービスが悪化する可能性もあるのでは、という懸念もあるが……。
「メガバンクやネット銀行など競合相手が多いので、サービス悪化は起こりにくいはず」(奥田さん、以下同)
預金金利がさらに低くなる、ローンが借りにくくなるなどのデメリットはあまり心配しなくていいようだ。
地域の活性化に期待
今後の地銀に期待できる役割について聞いた。
「昔の地銀は地域の顧客同士のご縁をつないだり、入院先までお金を持ってきてくれたりと、きめ細かな対応を行っていました。今後地銀の経営が統廃合で改善すれば、こうした『丁寧な対応』が復活するかもしれません」
地銀は近年、地元企業への経営コンサルや他エリアの取引先企業の紹介など、地域の企業を応援する動きが見られる。地元に元気な企業が増えれば、雇用が安定するので若い世代もとどまってくれる。地銀の統廃合によって、再び地域が活性化するかもしれない。
【Q&A】地銀再編で暮らしへの影響は?
地元の地銀が統廃合したら、どんな影響があるのか、事前にチェックしておこう。
【Q】今までの通帳やカードは使えなくなる?
【A】すぐ使えなくなることはありません
合併後、すぐに使えなくなるケースはほぼありません。顧客への影響が最小限ですむように配慮されるので、しばらくは現行のものが使えるでしょう。もし通帳やカードが使えなくなる場合でも、必ず移行期間が設けられ、銀行側からていねいなサポートがあります。
【Q】近くの店舗はなくなってしまうの?
【A】なくなる可能性はあります
同じ営業エリアの銀行同士の場合、店舗を減らす可能性はあります。その場合は、少し足を伸ばして新たな店舗に通ったり、地銀が用意している「インターネットバンキング」を使って手続きしたりする必要があるかもしれません。もちろん店舗がなくなったのをきっかけに、ほかの銀行に乗り換える方もいます。
【Q】定期預金の金利が下がったり、ローンの金利が上がる可能性は?
【A】その心配はあまりありません
もし地元の地銀同士で統廃合しても、メガバンクやネット銀行などライバル銀行は多く存在するため、サービスの質を落とすことはないと考えられます。むしろ統廃合を機に、お得な金利で定期預金が預けられるキャンペーンの実施や、新サービスの取り扱いが始まるなど、より便利になる可能性があります。
【Q】地銀が倒産したら預金はどうなる?
【A】1000万円までは保証されます
各金融機関は「預金保険機構」という金融機関をサポートする組織に加入しているので、1000万円までの預金+その利息は手元に残ります。もし、分散預金していた銀行同士の合併により、預金が合算されて1000万円を超える場合は、超過分は保証されません。ただし地銀の統廃合が進めば、倒産するリスク自体が低くなるでしょう。
【Q】地銀の対応が悪くなった場合、どこかに相談できますか?
【A】「全国銀行協会」に相談できます
各地銀では、顧客からの意見や苦情を受け付ける「お客さま相談室」などを設置し、業務改善に生かしています。また一般社団法人全国銀行協会が運営する「全国銀行協会相談室」にて、銀行に関するさまざまな相談や銀行に対する意見・苦情を受け付けているので、困ったことがあれば相談するといいでしょう。
◇
《PROFILE》
大西正一郎 ◎フロンティア・マネジメント 代表取締役。1992年弁護士登録、弁護士として活躍後、産業再生機構入社。2007年にフロンティア・マネジメントを設立。2020年より東京電力HD社外取締役。著者多数。https://frontier-eyes.online
奥田真之 ◎愛知産業大学 経営学部 教授。博士(経済学)。1985年慶應義塾大学法学部卒業。名古屋大学大学院経済学研究科修了。中日新聞プラス『オッ君教授の金融教室』、中部経済新聞『中経論壇』を連載中。著書に『はじめての金融リテラシー』など。
(取材・文/金指 歩)