「未和は『人柱』になったと考えたい」
2017年10月、NHKは夜9時からの『ニュースウオッチ9』で未和さんの過労死について初めて報じた。未和さんの労災認定から3年がたっていた。なぜこのタイミングで発表されたかというと、NHKの内部で未和さんの過労死が周知されていないことを知った両親が、NHKに対して真摯な対応を強く促した結果である。
両親は、愛する娘が亡くなった事実が風化させられてしまうのを心配していたのだ。
NHKは「当初は遺族の代理人から非公表の要望があった」と説明しているが、未和さんの両親は「NHKに非公表を要望したことはない」と否定している。
ニュース発表後、NHKは再発防止に取り組む姿勢を強くアピールしている。上田良一会長が初めて両親宅を訪問して謝罪。2017年末には「働き方改革宣言」を発表し、自らのリーダーシップのもとで働きすぎを防ぐことを社会に約束した。こうした取り組みが遺族の目に内実を伴ったものと映るかどうかは、NHKの今後の対応いかんだろう。
例えば両親は、若手社員向けの研修会などで過労死問題を遺族の立場から話したいという意向がある。再発防止への効果が期待できる取り組みだとわたしは思うが、こうした提案が実現するかどうかだ。父の守さんは語る。
「未和はNHKの仲間たちを過労死から救うための『人柱』になったと考えたいのです。未和は決してNHKを恨んで死んでいったのではないと思います。記者という仕事に誇りをもち、職責を全うした結果、短すぎる人生を駆け抜けていったのです。
未和が好きだったNHKが、わたしたち遺族にどう向き合い、記者や番組制作などすべての職場で働き方をどう改善していくのか、みつめていきたいと思います」
NHK広報局はわたしの取材に文書で次のように回答している。
《若く未来のある記者を失ったことは痛恨の極みであり、過労死の認定を重く受け止めています。佐戸さんが亡くなったことをきっかけに記者の勤務制度を抜本的に見直すとともに、働き方改革を加速させ、長時間労働の是正などに取り組んでいます》
《PROFILE》
牧内 昇平 ◎まきうち・しょうへい。ジャーナリスト。1981年3月東京都生まれ。2006年東京大学教育学部卒業。同年に朝日新聞に入社。経済部記者として、電機・IT業界、財務省の担当を経て、労働問題の取材チームに加わる。主な取材分野は、過労・パワハラ・働く者のメンタルヘルス問題。共著に『ルポ 税金地獄』(文春新書)。特に過労死については、遺族や企業に取材を重ね、「追いつめられて」などの特集記事を数多く執筆。過労死のすさまじい実態をあぶりだしたと話題になる。