稲葉さんらがこの実態に対し、4月16日、厚生労働省などに改善を求めたところ、翌17日には厚生労働省が各自治体に向けて次のような事務連絡を出した。《新たに居住が不安定な方の居所の提供、紹介等が必要となった場合には、やむを得ない場合を除き、個室の利用を促すこと、また、当該者の健康状態等に応じて衛生管理体制が整った居所を案内する等の配慮をお願いしたい》。これで今後は改善される見込みだとのこと。

 このように悪徳な貧困ビジネスが横行していることは、役所も把握しているものの、公的な宿泊所を作るとなると住民に対して説明会を開かねばならない。そこで反対運動が起きるなどして、どうしても難しく「ひどい現状であることは理解しつつも、ほかに方法がない」と思っているケースも多いそうだ。20年前から問題視され、今年度に大きく見直されたのにもかかわらず、稲葉さんらが訴えてきた“完全個室化”は叶わなかった。

“明日は我が身”と実感する人が増えているなかで

「ここ何年も基本的な生存権を訴えてきたものの、無視され続けたのに“新型コロナの感染リスクが高い状況下で、貧困層を中心に蔓延(まんえん)すると、社会基盤を維持できないから”という理由で、行政の制度がどんどん変わってきている。嬉しい反面、なんだか虚しさも感じる」

 と言う稲葉さん。私もさまざまな分野を取材してきたなかで、今回の霞ヶ関や永田町のスピード感には驚いている。セキュリティの問題や、wi-fi環境が整っていないという理由であれだけ困難だとされてきた学校のIT化が急速に進んだり、医師会が反対し、遅々として進まなかったオンライン診療が発展したり。新型コロナをきっかけに、社会が急速に変化を遂げている。

 自己責任論が強く、生活保護へのバッシングが絶えない日本社会において「明日、自分が失業するかも」「いつお金がなくなるかわからない」と実感する人が増えた昨今。それでも生きていける社会が素敵だと思えたり、生活保護に対しての当事者意識をこれほど持てたりする時代は、なかなかなかっただろう。全国の学校へ出張授業に行き、「政治に関心を持とう」と啓蒙している私は、税金の使われ方や、ルール作り、社会のセーフティネットのあり方などについて、今こそみんなで議論したい。

(取材・文/たかまつなな)
※この記事は、私たかまつなな個人の発信です。所属する組織・勤務先とは一切関係ありません。問い合わせは、下記アドレスまでお願いします(infotaka7@gmail.com)。


【PROFILE】
稲葉剛さん ◎一般社団法人『つくろい東京ファンド』代表理事。『住まいの貧困に取り組むネットワーク』世話人。『生活保護問題対策全国会議』幹事。 '69年広島県生まれ。'94年より路上生活者の支援活動に関わり、'01年『自立生活サポートセンター・もやい』を設立。幅広い生活困窮者への相談・支援活動を展開し'14年まで理事長を務める。同年につくろい東京ファンドを設立し、空き家を活用した低所得者への住宅支援事業に取り組む。著書に『貧困の現場から社会を変える』(堀之内出版)、『鵺の鳴く夜を正しく恐れるために』(エディマン/新宿書房)、『生活保護から考える』(岩波新書)、『閉ざされた扉をこじ開ける』(朝日新書)等。

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《追い出し屋に関する相談窓口》
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