原因は耳の酷使だった

 そして59歳になった井上さんは、耳鼻咽喉科の主治医に耳の聞こえについて相談。両耳とも「感音性難聴」の診断が出され、もう一生、治らないと伝えられる。感音性難聴とは、聞こえる音の範囲が狭まる、ひとつひとつの音がぼやける、高音域の音が聞き取れにくいなどの症状がある耳の病気のこと。原因は主にふたつあり、ひとつが加齢。若年性だと20歳くらいから聴力が弱くなる人もいるそう。もうひとつの原因が耳の酷使。

「今はショーやコンサートのときには、音響の専門家がひとつひとつの音をきちんと拾ってバランスを調整するけど、ぼくがデビューした50年以上前は雑で、アンプの前にマイクを置くだけ。それでギターをギュゥーーーン! と弾くわけですよ。そうすると、ぼくらボーカルも負けちゃいけないってんで大きな声を出す。で、またバンドマンたちが、あいつらヤバイよって大きな音を出す。その繰り返し。結果的に耳を傷めてしまった

 ということは、コンサートが終わった後、耳がガンガンしていた?

「そんなことないの。どちらかというと神経質に考えない性格なのもあるけど、ぼくのコンサートは、いい汗をかくショーというか、1個1個つくり上げてショーアップしたものだから、終わったときの安堵(あんど)感というほうが大きかったから、耳のことは忘れてますね」

 治らないという診断を受け入れられなかった井上さんは、セカンドオピニオンを受診。が、診断は同じ。そして主治医にすすめられたのが補聴器の使用だった。

「両耳が同じくらいのバランスで悪いと言われたの。だけどね、不思議なんだけど、耳が悪い、補聴器を使います、となると気後れしちゃう。目なら視力が下がってメガネをかけたり、コンタクトをつけたりするのはまったく平気なのに、補聴器となると途端に平気でなくなる。

 後から聞いたら、そういう気持ちになるのは、ぼくだけじゃなかったんだけど、それで、悪あがきというか、まだ59歳なのに両耳補聴器なんて! と気持ちが抵抗してね。最初は片耳だけで折り合いをつけました。さあ、補聴器をつけたらね、なんだこれは! こういう世界があったのか! って。もう大変でしたよ、うれしくて」

両耳に補聴器をいれたら「うそでしょ!」

 片方だけでもよく聞こえていたが、1年半くらいたってから、補聴器をつけて聞こえてる耳と、つけてなくて聞こえてない耳とで、バランスが違うからか、頭の中がなんとなく混乱するのに気づくようになる。

「試しに両耳に補聴器をいれたら、生まれ変わっちゃった! うそでしょ! 昨日まではなんだったの? という感じですよ。昨日までは片耳でも生きていたわけだけど、両耳にいれたら、どういうことなんだ! って。もうちょっと早く両耳にしておけばよかったと思ったよね」

 片耳だけ補聴器をつけていたときの聞こえがステレオだったとすれば、両耳は三次元音響のドルビーアトモスのような感じ。井上さんは現在、寝るとき以外は終日、補聴器をつけている。

「音が聞こえなくなったと思っていましたが、補聴器をはずしているときに、ドアの開け閉めの音やトイレの流れる音などが聞こえるの。その喜びったら! 聞こえる、聞こえるってね、うれしくなる(笑)。でも、こうして補聴器つけるようになって本当によかった、なにせ生まれ変われたんだから」

 井上さんが使っているのは、とても小さな長さ3センチほどの補聴器。外耳にすっぽり収まり、外から見ただけでは、補聴器を使っていることがわからない。

みなさんに言いたいのはね、目の検査や健康診断と同じように、耳も検査してほしいです。よく聞こえてる方でも、耳鼻科で年に一度は聴覚の検査をしてください。ぼくは右耳の低音が弱くて、左耳の低音はまあまあだけど高音が弱い。聴力が落ちていく最中にね、音のバランスのとり方をちょっと怠っていたのかしら。

 でも補聴器メーカーのアフターケアが、とにかくきめこまやかでありがたいんです。こうして関わったったんだから『立っている者は親でも使え』の精神で甘えることにしています。変に遠慮するとストレスがたまっちゃうし、聞こえにくいのを我慢することになるしね。みなさんも、どんどん甘えて、どんどん調整してもらえばいいと思いますよ。

 年を重ねていくと、耳が聞こえなくてもいいよ、目が見えなくてもいいよって思うかもわかんないけど、でもね、こんなに毎日すてきなことがあるんだから、もっと聞こえてもいいよね。だから、ぼくはせっかく生まれ変わったことだし、長生きしたいんです