普通を愛する“諦め”の思考

 先述したように、タモリの真骨頂は「アドリブ力」にある。とにかく、いつ何時ネタを振られても、すぐさま反応し場を笑わせる。タモリの芸は仕込んだものではない。

 タモリは「ミュージカル嫌い」としても有名だ。急に踊ったり歌ったりする様に「こっちが恥ずかしくなる」のだという。これに通ずるエピソードとして「テレビの過度な演出を嫌った」という話がある。音楽番組『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)や『笑っていいとも!』でスタッフが演出を加えようとすると「普通でいいんだよ」と直したそうだ。

 また、タモリはこんな言葉も発している。「マンネリ化した番組は、いろんなことをやろうとして失敗する」と。

『タモリ倶楽部』1000回放送記念の際には「652回と1000回で何が違う」と語った。また『笑っていいとも!』の最終回での締めの言葉は、それまでと同じ「明日も観てくれるかな」だった。タモリは常に「普通」や「日常」を愛し続けた男だったわけだ。

『笑っていいとも!』ギネスブック認定会見('02年)

 仕事もプライベートもマンネリ化すると、足掻(あが)きたくなるものだ。しかし、タモリはある意味で諦めている。「諦」という言葉は、実は仏教用語の1つだ。今ではネガティブなイメージが強いが、もともとは「明らめる」。つまり、集中をやめることで、周りがよく見えてくるわけである。これは彼の「やる気のある者は去れ」という名言にも通ずる姿勢だ。

 往々にして「派手なコンテンツ」というものは、一発屋になりやすい。「最初のインパクトを次回以降で超えられないから」というのが原因のひとつである。毎日きちんと「普通」であり続けることで、視聴者も安心して番組を観られる。タモリが担当した番組の多くが長く愛される理由ともいえるだろう。

 人は生きている限り、周囲とコミュケーションをとりながら暮らしていく。ましてや現代はSNSの影響などによって、過剰なほど他人の声が聞こえてくる。とんでもない速さで情報が入ってくる現代はとっても便利だ。しかし、便利過ぎて、LINEの通知や仕事のメールを少し窮屈に感じる方もいるかもしれない。

 そんな方に、私はタモリの気張らない生き方を提唱したい。「私を消す」「今をゆるく楽しむ」「普通を愛する」という3点に共通するのは「がんばらないこと」だ。

 もし他人とぶつかっている方は、いったん戦うのをやめて、相手を認めてあげるといい。過去の後悔や未来への不安にとらわれている方は、まずは今だけを見つめてみてはどうだろう。周りと比べて特別な自分になろうとしている方は、普通の自分を維持することの素敵さを見つめ直すのも一興だ。

 何かとがんばりたくなる私たちだからこそ、タモリの“飄々とした禅的な生き方”は、きっと救いになるに違いない。

(文/ジュウ・ショ)


【PROFILE】
ジュウ・ショ ◎アート・カルチャーライター。大学を卒業後、編集プロダクションに就職。フリーランスとしてサブカル系、アート系Webメディアなどの立ち上げ・運営を経験。コンセプトは「カルチャーを知ると、昨日より作品がおもしろくなる」。美術・文学・アニメ・マンガ・音楽など、堅苦しく書かれがちな話を、深くたのしく伝えていく。note→https://note.com/jusho