マリーちゃん
介護士の照子さんは幼い頃、マリーちゃんと名づけた人形を可愛がっていた。
茶色いおかっぱ頭に青いエプロンドレスを着た全長三十センチほどの人形で、五歳の誕生日に伯母からプレゼントされたものだった。
本来の商品名はまったく違うのだけど、初めて抱っこした時に「マリーちゃん」という名前が思い浮かび、以来ずっとマリーちゃんと呼んで可愛がっていた。
マリーちゃんと一緒に遊ぶ時、初めのうちは、自分の言葉とマリーちゃんの返事を一人二役でこなしていた。けれどもそのうち、こちらが何も考えなくても、頭の中でマリーちゃんの言葉が聞こえてくるようになった。
それはまるで、本当に生きているかのようにはっきりとしたものだった。
なんでも馬が合って話が弾み、おまけに喧嘩することもなかったので、幼い照子さんにとってマリーちゃんは、いちばんの大親友だった。
ところが照子さんが小学二年生になった頃、母からマリーちゃんとの関係を咎められてしまう。
「もういい加減に大きいんだから、人形離れをしなさい」とのことだった。
「イヤだ!」と必死に抵抗したものの、母の意志はさらに固く、マリーちゃんは母の手によってどこかにしまわれることになってしまった。
大泣きしながら家じゅうを探し回ってみたものの、どこを探してもマリーちゃんは見つからず、その日は胸を引き裂かれるような思いで床に就いた。
だが翌朝、目覚めて居間へ向かうと、真っ青な顔をした母の姿と、座卓の上にちょこんと座るマリーちゃんの姿があった。
「どうしたの?」と尋ねたところ、「噛まれたのよ……」と母は答えた。
昨夜遅く、右腕に鋭い痛みを感じて目覚めると、マリーちゃんが腕にがっしりとしがみついて、母の腕を噛んでいたのだという。
マリーちゃんに歯などないはずなのだが、母の右腕には確かに、小さな赤い歯形がついていた。
「本当はしまったんじゃなくて捨ててきたんだけど、ひとりで帰ってきちゃったみたい……」
どうする? あんたに返したほうがいいのかな?
震え声で母に尋ねられるなり、照子さんも身の毛がよだち、すかさず「いらない」と答えた。
マリーちゃんはその日のうちに菩提寺へ運ばれ、焚きあげられたそうである。
※『拝み屋奇譚 災い百物語』より(アプレミディ刊)