七五三の写真
(編集部註:前略)
テーブルを挟んで座った智奈子さんは、少々自信のなさそうな様子で話を始めた。
彼女が小学一年生の秋。両親に連れられ、七五三のお参りに出かけた。
場所は、自宅から一時間ほどの距離にある都内の神社。
神前でのお祓いは滞りなく終わり、帰る間際に境内で写真を撮ることになった。
境内の一角には大きな鳥小屋があって、中では孔雀が飼われていた。
せっかくなので孔雀も一緒に収めようということになり、智奈子さんは鳥小屋の前に立って写真を撮ってもらった。
後日、撮影された写真が現像され戻ってきたのだが、写真を見た家族一同は驚いた。
鳥小屋の前に立つ智奈子さんの肩越しに、着物姿の見知らぬ女が写っていたのである。
女は鳥小屋の中に突っ立ち、鉄格子の向こうからこちらに視線を向けている。
山吹色の着物姿で、歳は四十代ぐらいだろうか。
全身が煙のようにもやもやとぼやけているため、なかなか仔細を確認しづらかったが、口元に薄く笑みを浮かべているのは見て取れた。
写真を撮った父は、撮影時にこんな女はいなかったと言う。母も同じことを言った。
智奈子さん自身も、鳥小屋の中にはこんな女はいなかったと記憶している。
「それが、この写真なんです」
そう言って彼女は、持参した封筒から写真を取り出し、テーブルの上へ置いた。
もうかれこれ撮影から三十年ほどになるという写真は、全体が僅かに色褪せ、古びた印象を抱かせるが、印画紙に写っているものは鮮明に確認することができる。
智奈子さんの言うとおり、晴れ着姿で鳥小屋の前に立つ幼い智奈子さんの肩越しには、山吹色の着物を着た得体のしれない女が突っ立っている。
くっきりとした輪郭を帯びて写真に写る智奈子さんの姿に対して、女のほうは全身がもやもやとぼやけて若干輪郭が歪んでいる。特に、顔の輪郭は、その様子が顕著だった。
「これ、絶対に心霊写真だって話になって、すぐに両親が霊能者に見てもらったんです。でも相談の結果は、わたしたちが想像していたものとは、ちょっと異質なものでした」
写真を鑑定した霊能者曰く、写真に写る着物姿の女は、間違いなく本物の霊だという。
そのうえできちんと写真のお祓いもしてくれた。
これで一安心だと思ったのだが、お祓いが終わると霊能者は写真を再び両親に返して、「家で大事に保管しておくように」と伝えた。
今度はお祓いされた女の霊を慰めるため、手厚く安置しておく必要があるのだという。
本音を言えばまったく気は進まなかったそうだが、曲がりなりにもプロの指示である。
断るわけにもいかず、写真は仏壇の引き出しの中に保管しておくことにしたのだという。
その後は特に何が起こるでもなく、智奈子さんは成人して、二十代の中頃に結婚した。
数年後には娘が生まれ、今年で小学三年生になるそうである。
二年前にその娘が、七歳の七五三を迎えた時のことだという。
娘と夫の三人で、自宅の近くにある神社へ七五三参りに出かけた。
お祓いが済んだあと、境内で記念写真を撮影しようということになり、夫が持参したデジカメで、振袖姿の娘や智奈子さんの姿を一頻り撮った。
ところが帰宅後、撮影した写真を確認したところ、みるみる血の気が引いていった。
智奈子さんと娘が並んで立って写る写真に、あの着物姿の女も写っていたからである。
姿は智奈子さんの背後に半分以上隠れていたが、着ている着物は山吹色。
煙のようなぼやけた顔の口元には、薄っすらと笑みが浮かんでいるのが見て取れる。
一目するなり、かつて智奈子さんの七五三写真に写りこんだ、あの女だと分かった。
(編集部註:中略)
それまでほとんど忘れかけていた写真の記憶が蘇り、薄気味悪くなった智奈子さんも、ほどなくネットで調べた霊能者に写真を鑑定してもらった。
ところが鑑定の結果は意外なことに、またもや同じものだった。
写真は一応、お祓いめいたことをしてもらったのだけれど、それが終わると霊能者は、「あとは自宅で大事に保管してください」と言ってきた。
理由も以前の霊能師とまったく同じで、お祓いされた霊を慰めるためだという。
「これは一体、どんな霊なのですか?」と尋ねても、詳細まではわからないと返された。
ただ、祓ったあとにはきちっと慰めないといけないような気がしてならないのだという。
かくして智奈子さんの家にも、怪しい写真が安置されることになった。
今のところ、変わったことは何も起きていないそうだが、万が一何かあった際には霊能者の指示など無視して、即座に処分するつもりだという。
※『拝み屋念珠怪談 緋色の女』より(角川ホラー文庫刊)