幸吉に想いを寄せていても、綾が好きだった竹雄

 綾、最強だ。だって間違いなく幸吉に心を奪われていた。タキ(松坂慶子)に突然、「万太郎と結婚せよ」と言われ、幸吉がいる村に走っていった。そこで新婚の幸吉を目撃、われに帰る。そういう展開だったが、好きだったからこそ走ったのだ。竹雄もそれを知っていた。それでも綾が好きだった。

 綾は竹雄が自分を好きなことを、いつから知っていただろうか。私は幸吉に(事実上)フラれるずっと前、幼いころからだったとにらんでいる。恋愛は先に好きになったほうが負けだから、綾は竹雄に何を言われても、恋愛面では勝っている。そうだとしても……。

 昔好きだった人の名前を夫に突然出されたら、少しくらい慌てるのが普通な気がする。バツが悪くてちょっとあたふたしたり、なんだか照れたり。いろいろな反応が考えられるが、綾はまったく動じなかった。堂々と「酒造りがしたかった、惚れたのはあなただけだ」と返した。

『らんまん』で竹雄を演じる志尊淳 撮影/北村史成

 いやー、すごいなー、綾って堂々とごまかせる人なんだ。最初はそう思った。が、思い直した。整理がついていたのだ。酒造りへの思いが、理解者である幸吉への思いになった。それは淡い初恋で、「惚れた」のではない。心の中で理論構築できていたから、動じなかった。

 これ、自分の恋心だけではないはずだ。対象を分析し、理論を立てる。その力が綾にはある。竹雄という自分に惚れ抜いているパートナーもいる。鬼に金棒。紀平の言葉を繰り返す。2人なら、どこへ行ったち、やり直せるじゃろう

 


《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。