今や「ゲーム」はわれわれの生活の一部だ。スマホのアプリゲーム、PCゲーム、テレビゲーム、ポータブルゲームなど、この世にはゲームがあふれている。令和のいま「私、1回もゲームやったことないんだよね~」という世捨て人には出会ったことがない。たぶん電波環境が完全に終了している、どこか山奥にしか生息していないんじゃなかろうか。
ゲームにはRPG、アクション、シューティングなどなど、いろいろなジャンルがあるが、基本的に目的は同じ。とにかく「課題をクリアすること」だ。
『スーパーマリオ』シリーズであれば、キノコをほおばりつつ敵を避けながらゴールすること。ポケモンこと『ポケットモンスター』シリーズだったら、モンスターを育てて相手のトレーナーに勝つこと。ほとんどの人は、まずこの「課題を問題なくクリアすること」に四苦八苦する。
ただ、恐ろしいことに世の中にはオタクすぎて「クリアすること」が当たり前になってしまった、完全に“ヤバい”ゲーマーたちがいる。そんな彼らが次に目標とするのが「クリアするまでのスピード」だ。無駄な動きをなくし、いかに速くクリアできるかを、膨大なプレイデータを分析しながらロジカルに考え始める。ここまでくると、もうゲーマーというより「学者」に近い。
そんな「ゲームをクリアするまでのスピード」を競うプレースタイルを「RTA(Real Time Attack)」という。国内でRTAの大会を開催している「RTA in Japan」のYouTube登録者数は26万4000人超(2022年5月現在)と、実は盛り上がりまくっているコミュニティだ。
今回はRTAの走者(※)、解説者として活躍しており、スーパーファミコンのソフト『スーパーマリオワールド』(1990年11月発売)でクリアタイム世界一の記録を持っている、まいば/maibaさん(以下:maibaさん)にインタビュー。記録を出せた理由やテクニックはもちろん、「いろんなゲームがあるなかでマリオをやり続ける理由」「続けるために大事にしている姿勢」について伺った。
(※RTAではプレイヤーを「走者」と呼ぶ)
トトロを見ている間にマリオを全クリできる猛者
──プレイ動画をYouTubeで観たんですけど、マジで驚きました。終始マリオが全力で走り続けているのに、全然死なない……。いや、もう私が知っているマリオを完全に超越していました。これは例えばジャンプのタイミングなど、すべて「最速を見据えて計算してる」ってことですか?
はい。スーパーマリオワールドは全部で96個のゴールがあるんですけど、動きのタイミングを全部覚えてます。「最速でゴールまでたどり着くためのアクション」を可能な限り再現して、かつそれを上回る動きを考えながらプレイしている、って感じです。
──96ステージを全部記憶しているっていうのが、もうハンパじゃないですね。何時間くらいでクリアできるんですか?
全ステージをゴールするカテゴリ(以下「96 exit」)だと1時間21分26秒ですね。このカテゴリでは世界2位です。
『スーパーマリオワールド』のなかにも、いろいろなカテゴリがあるんです。私がいま世界1位の記録を持っているのは「95ステ―ジでケープなし(※1)」と「ケープなし、スターワールドなし(※2)」というカテゴリになります。(※ 各記録は2022年5月5日現在)
(※1 『スーパーマリオワールド』では、マリオがケープを使って飛行できる。その機能を使わないのが「ケープなし」)
(※2 『スーパーマリオワールド』には「スターワールド」という隠しステージが出現する。そのステージをプレイしないのが「スターワールドなし」)
──え、1時間21分……? 『となりのトトロ』(1時間26分)を見ている間に全クリできちゃうってこと……? 私も世代なので、よく友だちとやってたんですけど、全クリするのに1か月くらいかかった覚えがあります。これ、どうやって練習しているんですか?
最初は先人たちのプレイ動画をひたすら観て、「ここでジャンプする」とか「ここでPメーターをためる」とか、動きを覚えていきました。あと「TAS(※)」のプレイ動画もよく観ましたね。
動きを記憶しつつ、録画した自分のプレイ動画を見返しながら「ここ、もっと短縮できるな」とか「ここの動きの精度をもっと高められるな」とか考えながら、ひたすら繰り返しプレイしています。
(※「Tool-Assisted speedrun」の略。専門のツールを使ってコマ送り機能やクイックセーブ機能を使いながらプレイをし、実機において理屈上可能だが、通常の人間のプレイではとても再現できないようなスーパープレイ)
実の祖父がゲーマー! 3歳からマリオを始めた
──そもそもmaibaさんが世界一レベルまでマリオを極めることになった「原点」を教えていただきたいのですが、初めてマリオのRTAをプレイしたときは、おいくつだったんですか?
私はいま22歳なんですが、RTA自体は高校生くらいからですね。ただ、マリオを最初にプレイしたのは3歳くらいだったかな。祖父がめちゃめちゃゲームオタクだったんですよ。スーパーファミコンのゲームが家にいっぱいあって、よく一緒にやっていましたね。
──「おじいちゃんがゲーマー」っていうのが、個人的にはパワーワードです(笑)。そうか、3歳ってことは2003年だから「おじいちゃんがゲームオタク」もあり得るんですね。
ですね。当時、祖父は60代後半でしたから珍しいといえば、珍しいと思います。当時は『スーパーマリオブラザーズ3』をよくやっていました。当時、祖父はすごくうまいんですけど、私は死にまくってて(笑)。
もちろん、マリオ以外にもいろいろなゲームをしていましたね。特に『不思議のダンジョン 風来のシレン2 鬼襲来! シレン城!』っていうローグライクゲームをやったときのことを今でも覚えてます。
祖父が苦労して集めた「復活の草」というアイテムを、私が全部使っちゃって(笑)。泣きながら「おじいちゃんごめん……」って。ニコニコして許してくれたんですけど、罪悪感がすごくて(笑)。
──かわいすぎる……! 幼いころからゲーム漬けだったんですね。
はい。小学生になっても、基本的にずっとゲームをしてました。『スーパーマリオワールド』を始めたのも、このころです。学校が終わったらすぐ家に帰ってゲームをやるような子でした。友だちと一緒にプレイすることもあったんですが、基本的には1人でやることが多かったかなぁ。
──マリオ以外のゲームもやってたんですか?
はい、『ポケットモンスター』とか『ドラゴンクエストモンスターズ ジョーカー』もしていました。
例えばポケモンだったら、「モンスターを集める」と「特定のモンスターを強くする」っていう2つの楽しみがあると思っていて。私は完全に後者だったんですよ。モンスターを育てることで「相手のレベルが上がったときにも対処できるようにしよう」って考えていたんですよね。
だから小学生のころから、「ただ楽しむだけ」ではなく「クリアするための効率性」みたいな部分を意識していたと思います。
──それは、おじいちゃんの影響もあるんですか?
そうですね。祖父のゲームのやり方に影響された部分もあると思います。例えば、『風来のシレン』では通称“ワンチャン”っていうシチュエーションがあります。自分も敵も「あと一発、攻撃をくらったら死んでしまう」という状況で攻撃をすることです。命中率は100%ではないので、攻撃を外したらすなわち「死」。すごくリスクが高いんですよね。
私はしょっちゅうワンチャンの状況になって、しかも何も考えずバシバシ攻撃ばっかりして死んでました。でも、祖父はワンチャンの状況を作り出さないように、二手三手も前からアイテムを使って対処していたんです。だから危なっかしいシーンすら、ちょっとしかなかった。
この「最終的にクリアするために、今どうプレイするのが最適か」という考え方は、祖父のプレイを見て学びましたね。
──なるほど。おじいちゃんのプレイスタイルが、今のmaibaさんのプレイの原点になっているんですね。RTAの存在を知ったのはいつごろだったんですか?
まさに小学生のころですね。『ニコニコ生放送』(ライブストリーミングサービス)で『スーパーマリオブラザーズ3』のRTAをやっている方を見つけたんです。でいすいさんという方のプレイ動画でした。当時すでにTASのことも知っていたので、「これは、さすがにTASだよな……」って(笑)。プレイが正確すぎて、人間がやっているだなんて考えられなかったんですよね。
──ただ、それが人力のプレイだった。
そうなんですよね。これが本当に衝撃でした。単純に「すげぇなぁ。どうやったらこんな無駄のないすごいプレイができるんだ」っていう感じでしたね。
──もともと効率的なプレイが好きだったmaiba少年には、RTAの楽しみ方が刺さったんですね。
そうかもしれません。このとき小学生ながら「俺もいつかマリオのRTAをやってみたい」と思って。もちろん背景には祖父の存在がありました。祖父とマリオをしてなかったら、マリオにハマることはなかったです。というか、祖父がゲームオタクだったからこそ、ここまで“沼”にハマったんだと思いますね。
中高時代は勉強を優先しつつ国内外のスキルを吸収
──RTAを本格的にプレイするようになったのは中高生くらいから?
いえ、中学・高校のころは受験とかもあったので「まだ時間的にも環境的にも余裕がないな」と思っていました。ひたすら勉強に打ち込んでいた時期ですね。
──中学生で冷静に状況を考えられるのがすごい。普通だったら「ゲーム楽しいから勉強とかやりたくねぇ」って思っちゃいそう(笑)。
ただ、まったくゲームから離れていたわけではなくて、家で海外のゲーム配信者の動画を見ていたんですよ。それで「RTAやりたい」のほかに「配信したい」という思いがだんだん強くなっていきましたね。
──そのころはマリオゲームはしていたんですか?
「本格的に打ち込む」ってほどじゃないんですけど、『スーパーマリオブラザーズ3』の練習はしていました。さすがにファミコンの実機がなかったので、ニンテンドー3DSのバーチャルコンソール(※)を買って、でいすいさんとかのプレイ動画を観たり、自分のプレイ動画を保存してミスしたところを修正したりしながら……。
(※昔のコンピューターゲームやアーケードゲームをダウンロードして遊べる、任天堂のサービス)
──いや、もう中学生の趣味の遊び方じゃないですよね。だいぶストイックというか。
そうですね。もう遊ぶというか「練習」ですよね(笑)。
高校生になってからは、『スーパーマリオブラザーズ3』の笛なし(※)というカテゴリで1時間を切ることを目標にプレイをし始めました。これが本当に大変で……。マリオブラザーズ3って、スピードが速くて難しいんですよ。だから何回も何回も失敗しましたね。1時間を切れたときは本当にうれしかった。
(※ゲーム内にはワープができる「笛」というアイテムが出現するが、それを用いないカテゴリ。maibaさんは2022年5月5日現在、世界4位、日本人では1位という記録を持っている)
──なるほど。自分で目標設定をして、ストイックに向き合っていたんですね。高校生のころから、かなり建設的にゲームをしていたというか。実際にやってみて「気づき」のようなものはありましたか?
今でも覚えているのは、Twitch(※)で海外選手のプレイを見た瞬間ですね。これがショックで、日本人選手とまったくレベルが違ったんです。日本人プレイヤーたちが誰も採用していないような速いルートを取り入れていたんですよ。それがカッコいいのと同時に「またイチから覚え直しか〜」なんてこともあったり(笑)。
(※ゲームの配信プラットフォーム)
──覚え直しは地獄ですね(笑)。当時は海外ゲーマーのほうが進んでいたんですね。
そうですね。ランキングのTOP10に日本人はいなかったと思います。中高生のころは、勉強と並行してRTAの練習をやりつつ、国内外のいろんなスキルを吸収していた時期でしたね。
“憧れの存在”と世界レベルのデッドヒート
──本腰を入れてRTAを始めたのは、おいくつくらいのときだったんですか?
2018年だから、18歳のときです。大学1年生の夏休みから、RTAのプレイをしながら、同時に配信や解説動画の発信をはじめました。
──なるほど。解説動画の反響はありましたか?
そうですね。正直、当初の解説動画はかなりつたなくて、観てくれる人も少なかったです。それを反省して「改善しよう」と。それで作成済みの動画を、アップする前に生放送で視聴者と一緒に見ることで、コメントをいただきながら修正することにしたんですね。
そのかいあってか動画が見やすくなり、初の10万回再生を達成しました。視聴者の方々みんなで達成した10万回再生だと思っています。
このころから『スーパーマリオワールド』も始めました。当時の日本人走者は、全部のコースを攻略する「96 exit」には、ほとんど手をつけていなかったんですね。一部のコースを攻略する「No Starworld(※1)」や「11Exit(※2)」というカテゴリは盛り上がっていたんですけど。
(※1 通称・星なし。先述した隠しステージには行かないカテゴリ)
(※2 「エンディングに飛ぶテクニック」など一部の技を除いて、ほかのテクニックは全て許可されるルール)
そこで「誰もやっていないなら、自分が」と思って、あえて「96 exit」をやろう、と思いました。全部のコースをクリアするって「ロマンがある」と思ったんです。ただ実際、難易度が高いのは事実なんですよね。全部やると、プレイ時間が1時間くらい長くなるから。
だから、ひとまずは「No Starworldから始めよう」と。当時の世界記録は日本人のヤポソンさんの32分56秒だったんですよね。ぶっちゃけ当時は「こんなん(速すぎて)無理でしょ」って思ってて(笑)。
ただ、やり続けるうちに33分24秒、33分8秒って感じで、ちょっとずついい記録が出るようになったんです。
──すごい! 世界記録が視野に入ってきたんですね。
はい。するとびっくりすることに、私がRTAを始めるきっかけになった、でいすいさんが「maiba、一緒に世界記録を目指そうぜ!」って誘ってくださったんですよ。私がでいすいさんの配信にコメントをしたら、お返事をくださったんですよね。
正直「え、そんな世界記録を出せるなんて思ってなかったんだけど!」って感じだったんです(笑)。でも「尊敬するでいすいさんから誘ってもらえたし、頑張ってみるか!」と。
──おお! 熱い! 記録へのモチベーションが高まったんですね。
そうですね。それで、ついに32分54秒の世界新記録を出せたんです。ただ、1週間後にでいすいさんが32分52秒を出して、あっという間に抜かれたんですけど(笑)。
──すごいデッドヒート(笑)。
そうなんです。すごくハイレベルな戦いに参加できて、本当に光栄でした。ただそこで、でいすいさんの記録の抜き返しに挑戦するかというと、そうではなくて。私はあくまで「96 exit」をやるために「No Starworld」をやっていたので……。
──そこでブレるわけではなく、自分の目的に忠実というか……。
あくまで自分がやりたいことを優先したかったんですよ。そこからは日本人がほとんど手をつけていなかった「96 exitt」カテゴリを主戦場にし始めました。
──そして「96 exit」でも世界2位の記録を出すというのがすごい。
これは海外の方からのコメントが本当に大きかったと思います。海外の走者の方は詳しくて「ここを変えるともっと速くなるよ」っていうアドバイスをたくさんくださるんですね。「ここで英語使うんかい! ちゃんと学校で勉強しときゃよかった」っていう(笑)。
──中高生のときって「なんで英語も勉強するんや。俺ら日本人やん」って思いがちですよね(笑)。
そうなんですよ(笑)。
自分のスキルが高まるのはもちろん「このテクニック知っていれば日本全体のレベルが底上げされるな」って。いただいたアドバイスを「日本人走者にも伝えないと!」と思って、コミュニティや配信で発信するようにしました。
──なるほど。海外選手の技術がmaibaさんを経由して日本人選手にも伝わっていったんですね。具体的にどういった技を海外勢のプレイから知ったんですか?
RTAではバグ技も使うんですけど、その知識が入ってきたことで、海外走者と同じレベルになれたんですよね。例えば「まよいの森」のコース2で使う「ヨッシーの角抜け」という技を日本人ではじめて実践したのは私です。
──どういう技なんですか?
水中ステージの途中でタイミングよくヨッシーに乗ることで、なぜか壁をすり抜けてショートカットできる技です。
──なぜか(笑)。
はい。なぜか(笑)。ボタンを押すタイミングで成功率が0%、25%、50%、75%と分岐するんですけど、調整しやすいので、基本的には75%で壁をすり抜けられるんです。これで10~20秒くらい速くなるから、かなり大きいんですよね。
しかし、日本人でこの成功率の仕組みを知ってる人は皆無だったと思います。成功率0%もあるので、知らないと「絶対にできないバグ技」に挑戦していることになるんですよね。海外勢からなるべく成功率の高い状態ですり抜けられるコツを聞いて、日本人走者にも伝えなきゃ! と思いました。
──バグ技の仕組みを輸入したんですね。
はい。マリオワールドにはこのほかにも、いろんな技があります。「ヨッシーの角抜け」は大技なので分かりやすいんですけど、RTAの上位クラスは「0.1秒の短縮技をいくつできるか」という世界なんです。だから、いまだに新しいルートが出続けているんですよ。発売開始から30年以上経っているのに、海外には今でも研究している方もいます。
──すごい。愛されているなぁ……。
ですよね(笑)。プレイはしないけど、研究だけをし続けている方もいたりします。その研究者たちも「1ステージにおける人力での最速を求める人(通称「ワンステ」)」もいれば、「TASを作る人」「TASの技をRTAに落とし込む人」と枝分かれしていたり……。いや、RTAって深い世界ですよね。
令和でもファミコンをやり続ける22歳が語る「ハマるコツ」
──これだけ『マリオワールド』や『スーパーマリオブラザーズ3』をやり続けて、嫌になったりしないんですか?
なります、なります(笑)。さっき「75%の確率で成功する」って言ったとおり、運も絡んでくるんですよね。それまですごくうまくいってたとしても、25%のほうを引いたときとか……。「俺、悪くないじゃん! もうヤダ!」って(笑)。
──それはきっつい(笑)。0.1秒の短縮を1時間以上考えながらプレイするって、かなり繊細でストイックな世界ですよね。ストレスもかかりまくっていると思うんですが、それでも辞めずにハマり続けていられるのがすごいなぁ、と思います。
自分では「ハマり続けている」とは考えていないんですよね。確かに3歳のころから20年くらい、ずっとマリオをやっていますけど、中学・高校のときは「毎日やる」ってほどではなかったし……。
いまでも「もう嫌だ」って思ったら、その日はコントローラーを持たないです。あと、忙しくてやる暇がないときも「無理してでもやるぞ!」ってこともないです。眠たかったら寝ますしね(笑)。
──なるほど。あくまで無理はしない。
はい。自分のなかで大事にしているのは「楽しいって思えるときだけプレイすること」です。「あーもう嫌だ」って思っても、ちょっとたつと、またやりたくなるんですよ。
──なるほど。ほかのコンテンツに興味が移ったりはしないんですか?
今後はどうなるか分からないですが、今のところは『スーパーマリオワールド』や『マリオブラザーズ3』がまだまだ楽しいですね。自分の動画を観ながら「さっきはなんで失敗したんだろう」って分析して、次に生かすのが楽しいんです。
──マリオのRTAは0.1秒の世界だから、いくらでも改善できるところがあるんですね。
そうですね。だから「もうやり切った……」っていう「終わり」がないのかもしれないです。例えば、イタリアのLuiという走者がいるんですけど、彼はほとんどの走者が気にも留めないような0.1秒の短縮テクニックを、いくつも拾ってくる。こうしたプレイを観ると、毎回のように衝撃を受けて「まだまだ改善できるところがあるな」って。
──ライバルとの関係もあるんですね。世界一の記録を持っている走者として「意地」もあるんですか?
意地はありますけど、正直いうと他人の記録には、あんまりこだわっていないんです。あくまで自分で目標を設定して、自分のなかで「楽しい」と思えるラインを大事にしています。
──「楽しい」という感覚を大事にするっていうのは「オタクであり続ける」うえで大切なことですよね。
そうですね。私はゲームをやり続けるうえで大事にしている言葉があります。マリオではなく、『Beatmania IIDX』という音楽ゲームに入ってる「金野火織の金色提言」という楽曲の紹介文なんですけれど……。
金野火織の好きな「ソレ」は全て偶然に決まっている
金野火織の好きな「ソレ」に誇りを持てるかどうかは自分が決めることである
金野火織は今の自分を高める為にかつて自分が好きであった「ソレ」を決してけなさない
金野火織は自分で決めたい
引用:KONAMI「金野火織の金色提言」
これを読んだときに「まさに私自身だな」と思いました。好きになるものに理由はなくて、直感で好きだったらそれが「ハマる」ということなんだろうな、って思います。私の場合はマリオが”ソレ”だったんですね。あくまで「偶然」好きになってしまった、っていう。
偶然、祖父がマリオゲームにハマっていた。偶然、私がRTAの動画を観た。偶然、でいすいさんのプレイが心に刺さった……。だから、私がマリオゲームをし続けることに理由なんてないんだと思います。
──なるほど。ものすごくいい言葉ですねこれ。
例えば、いま「何かにハマりたい」とか「趣味を見つけたい」って人がいたら「探すぞ」とか「見つけるぞ」という方向に行きがちだと思います。
でも「ソレ」は子どものころから触れている身近なものかもしれません。探すだけでなく「振り返る」のもいいのではないでしょうか。
──で、あくまで「自分が楽しい」と思えるタイミングだけハマり込んで、嫌になったら潔く離れる……。仮にmaibaさんが「もうRTAやめてもいいかなぁ」って思ったら、どうしますか?
そうですね。「やめてもいいかなぁ」と思っているのに続けても苦しいだけなので、やめると思います。あくまで、これからもマイペースに、好きなときに好きなことを好きなだけやっていくつもりです。
maibaさんとの会話で特に印象的だったのが「休みたいときは気持ちに正直に、推しているものから離れる」という言葉だ。これは「何かを極める」うえで、とても大切だと感じた。
「離れている時間で思い出して無性にやりたくなる・眺めたくなる」という感覚は「心から推せるもの」を判断するためのフィルターである。逆にいうと、離れている間に「もうやらなくていいかなぁ」と思ってしまうのならば、それを推すことは難しい。
ただ、オタクという生き物は「私はそれを好きでなくちゃいけない」と、いつの間にか自分に呪いをかけてしまうものだ。これはゲームだけでなく、アイドルやアニメ、マンガなどすべてに共通すると思う。本当は「ちょっと熱が冷めてきている」という感覚があったとしても「離れてしまったら自分の人生を否定することになる……」という気になってしまう。いつの間にか「ソレを推すこと」が、とんでもなくアイデンティティになっているわけである。
だから、つい無理に自分をだましてしまうことがある。ただ「好きでもないものを追いかける」というのは、シンプルにストレスを感じ続けるだけだ。
maibaさんは「疲れたら休む」「嫌いになったらやめる」と軽やかに言い放つ。「マリオワールドを世界一速くクリアできる男」という称号にまったく呪われていない。この「正直さ」や「マイペースさ」は「幸せなオタク」であり続けるうえで、とても大切なことなのである。
(取材・文/ジュウ・ショ)