烏丸せつこ、と聞いて何を連想するだろうか。
1980年代の幕開けとともに鮮烈に登場。グラマラスな肢体で雑誌のグラビアを飾り、映画『四季・奈津子』『マノン』に連続して主演。自立した「新しい女性」を感じさせるヒロインを演じたが、高倉健主演の『駅STATION』で知り合った21歳上の映画プロデューサーとの不倫略奪愛騒動が持ち上がり週刊誌やワイドショーをにぎわす存在に……。
40年ほどの歳月が流れ、結婚、出産、夫が多額の負債をかかえて破産、離婚、そして再婚と私生活ではいろいろあった。女優としては近年、映画を中心に印象的な演技を披露。いま乗りに乗っている彼女に大いに語ってもらった。
50歳を過ぎて楽しくなった
「やっぱり役者って分かれていくじゃん? 年をとっても “きれいどころ” をやりたい人はいますよ。でも私は汚いって言ったら変だけど、メイクとか気にしないで本当の “人間の底の底”を表すような、そういう役をやり始めてから面白くなった。
もう無理に若くするのは嫌なんですよ。“なにコイツ頑張ってんだよ。カッコわるい”みたいのがあるから。いつも顔を吊(つ)ってるなんて変でしょ? いい感じに枯れていきたいよね。私は童顔だから、このパーツがじゃまをして難しいんだけど(笑)」
デビューは1979年。初代アグネス・ラム、のちの蓮舫、原千晶らグラビアアイドルを数多く輩出したクラリオンガールの6代目。翌1980年、五木寛之のベストセラー小説『四季・奈津子』の映画化でオーディションを勝ち抜き主演に。
1983年に長女を出産してからは、芸能界の表舞台から遠ざかっていた。
「私はテレビよりも映画が好きだけど、本当に芝居を面白いと思ったのは違うんだよね。『駅STATION』のあと結婚して子供を産んでテレビに行ったわけよ。初期の2時間ドラマでは気鋭の監督がすごい映画よりも映画的なやつを撮っていて “面白いなぁ〜”と思って。その監督たちに徹底的に鍛えられたの。
ただ、金のためにやってた時期もあって、そのときはもう身を隠すように芝居をしてた。(出演作品を吟味して)選べるみたいな余裕はないわけ。子どももいるし、ダンナは頼りにならないし、私も大変だったのよ(苦笑)。役者ってCMとかに出ている人は別だけど、生きるためにやらなきゃいけない仕事もあるんですよ」
転機となった作品が2013年、58歳のときのNHKスペシャル『未解決事件 File.03 尼崎殺人死体遺棄事件』だ。烏丸は主犯の女性役。複数の家族を監禁・虐待して支配し、少なくとも男女6人を死なせた顛末(てんまつ)を再現ドラマで演じ、圧倒的な存在感を見せた。
「事務所には “ものすごくリスクがあるから”って反対されたけど、とことんぶっ飛んだ。あそこからまた面白くなっていった」
映画に軸足をおいて活動しているが、NHK連続テレビ小説『スカーレット』(2019〜2020年)で久々に見たという人も多いだろう。ドラマ終盤、陶芸家として身を立てたヒロイン・戸田恵梨香の工房を訪れる謎めいた女性客を演じた。
「朝ドラに出たのは、滋賀県のおふくろに “最後に見せてやろう”と思ったの(烏丸は大津市の出身)。近くの信楽(しがらき)の話だから、きっと喜ぶだろうなって。
だって、おふくろは私が出るような映画は見なかったの。テレビの『花嫁のれん』とかをすごい楽しみに見てた」
その昼の帯ドラマ『花嫁のれん』(2010〜14年に出演)では、ヒロイン・羽田美智子にキツくあたる旅館の古株の仲居役だった。
「あれも金のためにやったんです。最初は “こんなの嫌だ〜”って言ったんだけど、当時は野際(陽子)さんの事務所だったし、私、野際さんは好きだから一緒に出ることになって。 “いびり役”みたいのも面白くなってきて、すごく勉強になったし自分でも新鮮でしたよ。さすが4シーズン目だけはやらなかったけど」
デビュー当時は何もわかっていなかった
「今は生活ができるから、ようやくじっくり出演作を選んでいくことができる」
その言葉どおり、近年の出演作には鮮烈な印象を残すものが多い。
例えば、映画『64-ロクヨン-』(2016年)では序盤から登場。事件の捜査で失敗し引きこもりになってしまった元捜査員の母親を哀切に演じて、主人公・佐藤浩市とともに観客を昭和64年の世界に誘う。大杉漣さんの遺作となった『教誨師』(2018年)では、おしゃべりが大好きな死刑囚。いつ刑が執行されるか知れぬ日々のなか、表面的にはひたすら明るく主人公の牧師と接見する。
気がつけば、実に味のあるいい女優になった。
「そうでしょう? なったんじゃないの。もともとそうで、隠してたんだから(笑)。『四季・奈津子』とか、あんなことをやらされて(笑)」
デビュー当初の作品では小悪魔な魅力で男たちを手玉にとっていく烏丸せつこが、燦然(さんぜん)と輝いている。40年前を振り返ったとき、どんな思いが去来するのだろうか。
「愛おしい。でも、まだ何もわかっていなかったね。『マノン』は『四季・奈津子』のあと、プロデューサーが “烏丸、次これやれ”と。“自分、こんなキャラじゃないんだけど”とか思いながら、周りの期待にこたえた感じ。そういうキャラで世の中に出たんだからしょうがないじゃん。
『駅STATION』にしたって、あのときの “すず子(役名)”はかわいいでしょ? せつないでしょ? アホで(笑)」
「私は『駅STATION』で前のダンナと結婚したんだけど、あれは脚本が倉本(聰)さんだからわかりやすい芝居になるよね。『四季・奈津子』『マノン』の東陽一監督は発想がすごく自由。東さんは今でも “烏丸、また面白い女やれよー。俺、脚本書くから”って、コツコツ書いていますよ。
やっぱり普通のおばあさん、ありきたりの年寄りじゃないのをやりたい。ヌーヴェルヴァーグとか(ジャン=リュック・)ゴダールとか大好きだから、東さんはそれを今の年寄りに置き換えてやるのを考えてるみたい。おトシだから難しいかもしれないけど、楽しみに待っています」
オトコで失敗したら──
現在の夫は2歳下の音楽ディレクター。相手も妻と別れて再婚だった。結婚は2度目のほうがうまくいくのでは? と水を向けてみた。
「そうですよ。私たち夫婦も “結婚2度説”ってのをとなえてるの(笑)。付き合って10年だけど、楽しくてしょうがないもん。いっぱいしゃべれるし、愚痴も言い合える。
映画の趣味は違うので、見たあとで “俺、この手のはわかんないや”とか言うけどね。でも、一緒に散歩したりとか楽しいじゃん。やっぱり “2度説”ですよ」
最初の結婚では苦労も多かったのだろう。女の子をふたり授かったが、2004年に離婚。
「やっぱり若いときの勢いとかいろんなものがあって結婚するんだけど、失敗したと思ったらガマンしないで、さっさと別れたほうがいい。
だって “人生100年”って言われてる時代ですよ。気の合った人と楽しく暮らしたらいい」
金銭的にも、一時はとことん困窮した。
「うん。でもお金のことがなければ、私はあの人の本質がわからなかったから、結果よかったのかもしれない。困難が降りかかってきたときに、人間の本質が出てくる……。
ふだんは本当にやさしいし、人当たりのいいオッサンなの。でも、違ったんだよ。子どももいるのにさ “もうちょっとしっかりできないの!?”と。“もういいや”と思って(笑)」
捨て身で自分自身の人生を生きてきた、という自負がある。再婚するにあたっては、イチからやり直す覚悟だったという。
「いまのダンナだって本当に甲斐性があるか、そんなのはわからない。何か大変な困難に直面したらさ、“こいつ、こんなんだったの!?”ってなるかもしれない。人ってわかないですよ。だから幸せなのは、何もこなくて、そのまま付き合って……そういう夫婦って奇跡なんですよ。
そうじゃなくても30年もたったら、まったく会話がなくなったりとかが普通。でも、あんまりいないけど、本当に仲よしの夫婦もいるからね。うらやましいよねー」
「一生懸命」だけじゃない!
最新作は1月19日公開の映画『なん・なんだ』。はからずも夫婦の物語だ。
「こっちの夫婦は、結婚してもうすぐ40年。自分で言うのもなんだけど、ツッコミどころがいっぱいある映画です」
初老にさしかかった三郎(下元史朗)と美智子(烏丸せつこ)。ひとり娘がいるが結婚して家を出ており、ふたりで神奈川県にある団地で暮らしている。日々の会話はおざなりで、すっかりよどんだ空気が流れている。ある日、カルチャースクールに出かけたはずの美智子が事故に遭う。しかも、なぜか遠く離れた京都で……。
実は美智子には夫が知らない恋人(佐野和宏)がいて、しかも昨日今日の関係ではなかった。長年にわたって逢瀬(おうせ)を続けていたのだ。
「ダンナが粗野で乱暴な元大工。浮気相手のほうは金持ちの医者。しかも私がやってる美智子の過去とか、いちいち構図が古いよね。男の脚本家がアタマで書いた話ですよ。
いちばん嫌だったのが、私が隠れて何十年も浮気していた最初のきっかけ。その原因をひとりでべらべらしゃべるシーンが気持ち悪い。あれはありえないよ。仮にありえたとしてもセリフや撮り方を変えるとか、もうちょっと工夫があるでしょう?」
事故による昏睡状態からようやく目覚めた美智子が切々と夫に心情を打ち明けるシーンだが、烏丸の舌鋒(ぜっぽう)はまったく容赦ない。
「“あたし、死のうと思ったの……”から始まるわけ。“気持ち悪ッ”と思って。“心と身体って、そんなに簡単に切り離せないの”とか言うじゃん、キモーーですよ(笑)。
“私の40年返して”ってセリフもあったんだけど、さすがに言えなくて自分で “40年何だったんだろうね”ってセリフに変えました」
主演女優が出演作について、ここまではっきり言うのは珍しい。
「やっぱり、“すばらしい映画でした。一生懸命やりました”って言うだけじゃ、お客さんに失礼だから。
ツッコミどころもぜんぶ話して、“烏丸がここが気持ち悪かったって言うけど、ホントかな!?”って、男の人でも女の人でも見てほしい。
映画館に見に来てもらって、“烏丸いいじゃん、お前の言うとおりだ”って、そういう宣伝をしようと。まる一日考えて決めたんだ(笑)」
(取材・文/川合文哉)
【作品情報】
映画『なん・なんだ』
出演:下元史朗 烏丸せつこ/佐野和宏 和田光沙 吉岡睦雄 外波山文明/三島ゆり子
企画・監督:山嵜晋平
プロデューサー:寺脇研
脚本:中野太
音楽:下社敦郎
配給・宣伝:太秦
1月15日(土)新宿K’s cinemaほか全国順次公開
〈公式サイト〉nan-nanda.jp
〈Twitter〉@nan_nanda0115
《PROFILE》
からすま・せつこ/1955年2月3日、滋賀県生まれ。クラリオンガール(6代目/1980年度)で芸能界デビュー。映画『四季・奈津子』『マノン』に主演して人気絶頂の1982年、『駅 STATION』で知り合った21歳上の映画プロデューサーと結婚。2001年に離婚し、2014年に再婚。近年の出演作に映画『64-ロクヨン-』『祈りの幕が下りる時』『教誨師』『明日の食卓』、Netflix映画『彼女』、NHK連続テレビ小説『スカーレット』など。主演映画『なん・なんだ』に続いて、2月4日『夕方のおともだち』が公開される。
〈公式プロフィール〉http://t-artist.net/karasuma-setsuko.html