『らんまん』18週、万太郎(神木隆之介)と寿恵子(浜辺美波)は長女の園子を亡くした。悲しい出来事だが置かせていただき、峰屋の話をする。久々に「朝ドラらしさ」を堪能した。
腐造が起き、峰屋は廃業することになった。綾(佐久間由衣)と竹雄(志尊淳)が決めたのだ。「女が蔵に入ると」とか「女が蔵元だなんて」とセットで語られていた腐造が現実になったのだから、綾が責められる──と思いきや、違った。
いつも峰屋に反発する分家の3人でさえ、優しかった。打ちひしがれる綾を見て、まずは豊治(菅原大吉)が「ざまあないのう」と言う。だが、竹雄に金繰りを尋ねる口調は案外優しい。借金への援助を求める竹雄に、「うちの身代を継ぐのは伸治じゃ」と答える。伸治(坂口涼太郎)は「無理じゃ」。「こーんなにでっかいクジラが沈んでくゆうに、わしみたいな小船、助けに出たところでもろとも沈むき」と言う。自分の船はただでさえ底が抜けているとも言い、最後はひと言「ごめんちゃ」。
「分家のぼんぼん」らしい調子ではあった。でも経営者の判断だった。そこには峰屋への、綾と竹雄へのリスペクトがあった。温かかった。だから竹雄も「伸治さん、お達者で」と最後に声をかけたのだろう。伸治は振り向き、「(達者でいるのは)おまえらがじゃろうが、アホ、竹雄のくせに」と言った。そこからは涙、涙だった。
これより前、綾が蔵に入るシーンも泣けた。ガランとした蔵に足を踏み入れるのだが、同じように蔵に入っていく幼い日の綾が交互に映った。今の綾、幼い綾、どちらも不安げだ。親方に見つかり外に出されてしまった幼い日と違い、今の綾を止める者はない。2階に上がった綾がアップになる。表情が崩れるが、涙より先に「あーーっ」という叫び声。悔しさが痛いほど伝わってきた。竹雄が駆けつけて抱きしめたが、それでも綾は叫んでいた。
竹雄に「ずぎゃん」と言わせた綾の神対応
人生はいい時ばかりではない。だけど懸命に生きていれば、大丈夫。そう思えたのが18週の峰屋、そして綾だった。分家3人衆もその働きを認めてくれていて、奉公人たちも「綾さまのせいじゃない」と言っていた。そして何より、竹雄がいる。この先には、必ず光がある。そう思わせてくれるのが朝ドラだと思う。
綾と竹雄、これからどうなるのだろう。家と土地を売ったら多少は金も残るだろうと言ったのは、分家3人衆の紀平(清水伸)。「おまんらあ、2人なら、どこへ行ったち、やり直せるじゃろう」と言っていた。
そのとおり。だって綾だ。その力量に感服したのは、腐造が起きる前だった。ネット界で話題になった、竹雄が「ズギャン!」と言った場面。寿恵子と東京で再会した万太郎も「ズギャン!」と言っていたと話題だったが、それより何より、綾の神対応こそ「ズギャン!」だと思う。
2人は酒を飲んでいた。綾の長年の夢である新しい酒ができていて、「風味もあって、味も爽やか」と綾。竹雄が「そうじゃね、柑橘(かんきつ)のような」と言うと、綾が「柑橘! うん!」。打てば響き合う「酒造りトーク」の満ち足りた気持ちからだろう、竹雄は「幸せじゃのう」と言う。そして幸吉(笠松将)の名を口にする。「昔、幸吉に妬(や)いたことがあるき」と。
ここからの綾がすごかった。竹雄をまじまじと見て、「え、なんで? 幸吉は村に奥さんもおるがやに」と返す。「そやけど、さらわれるかと思った」と竹雄が言うと、こう返した。「ばかじゃねえ、私はずっとうちの酒と蔵に恋しゆうがよ。惚れた人間はひとりしかおらん」。竹雄、ここで「ズギャン!」。
幸吉に想いを寄せていても、綾が好きだった竹雄
綾、最強だ。だって間違いなく幸吉に心を奪われていた。タキ(松坂慶子)に突然、「万太郎と結婚せよ」と言われ、幸吉がいる村に走っていった。そこで新婚の幸吉を目撃、われに帰る。そういう展開だったが、好きだったからこそ走ったのだ。竹雄もそれを知っていた。それでも綾が好きだった。
綾は竹雄が自分を好きなことを、いつから知っていただろうか。私は幸吉に(事実上)フラれるずっと前、幼いころからだったとにらんでいる。恋愛は先に好きになったほうが負けだから、綾は竹雄に何を言われても、恋愛面では勝っている。そうだとしても……。
昔好きだった人の名前を夫に突然出されたら、少しくらい慌てるのが普通な気がする。バツが悪くてちょっとあたふたしたり、なんだか照れたり。いろいろな反応が考えられるが、綾はまったく動じなかった。堂々と「酒造りがしたかった、惚れたのはあなただけだ」と返した。
いやー、すごいなー、綾って堂々とごまかせる人なんだ。最初はそう思った。が、思い直した。整理がついていたのだ。酒造りへの思いが、理解者である幸吉への思いになった。それは淡い初恋で、「惚れた」のではない。心の中で理論構築できていたから、動じなかった。
これ、自分の恋心だけではないはずだ。対象を分析し、理論を立てる。その力が綾にはある。竹雄という自分に惚れ抜いているパートナーもいる。鬼に金棒。紀平の言葉を繰り返す。2人なら、どこへ行ったち、やり直せるじゃろう。
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。