2022年9月、東京の高円寺にオープンした本のセレクトショップ、蟹ブックス。オープン前のクラウドファンディングは目標金額300%を達成、Twitterでは “小さすぎる看板”が約3万いいねを集めるなど、オープン前から注目を集めていました

 インタビューの第1弾では、カリスマ書店員として知られ、作家活動も行う店主・花田菜々子さんのこれまでと、『蟹ブックス』を立ち上げるまでの軌跡をお伺いしました。【インタビュー第1弾→流れるままに本屋をオープン『蟹ブックス』店主・花田菜々子さんの“しなやか”な生き方

 話題性もさることながら、花田さんならではの視点で選ばれた本は、本好きもそうでない人も読んでみたいと思うはず。今回は、セレクトした本に込めた想いから、模索した末にたどり着いた本屋の形、蟹ブックスが目指す姿についてお話を伺いました

ワクワクする・深く知る・ゆっくり考える 自分に合わせられる3つのコンセプト

──蟹ブックスではセレクトする本のコンセプトを、大きく3つ掲げていますが、まず《眺めているだけでワクワクした気持ちになれる本》が気になりました。

「古本屋や個人経営の本屋って、まじめで高尚、人生の糧になるような本やアカデミックな本がたくさんある……というイメージがあるかもしれません。でも本が持つ意味ってそれだけじゃなくていいと思っていて。眺めているだけでキラキラした気持ちになれる本や、1か月後には忘れちゃうけど、読んでてすごく楽しい本とか。個人的にはそういう本に出会うとワクワクするし、そんなラインアップも設けたいと思っていたんです

──そのほかだと、《自分や他者のことをもっと深く知るための本》というコンセプトもあります。これは、具体的にどんな本でしょうか。

『であすす』(花田さんの著書『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』)の経験を通して、他者を知ることと、自分を知ることは常に両輪だと気づいたんです。本をきっかけに他者を知り、照らし合わせて初めて、“自分”という存在を知る。そんな経験を読書でも感じてほしいと思い、コンセプトに加えました」

──たしかに、自叙伝やエッセイを読んでいると、自分はどうだろうと振り返るきっかけにもなりますよね

「そうですね。読書をするとなんとなく人の気持ちがわかるような感覚になり、本を通してその人の思考がわかるというか自分の中で考え込むよりも誰かの考えに触れたほうが、自分も他者のことも考えられる......。そういうヒントになるような本を選びたいと思いました」

──3つ目のコンセプトには、《いま生きているこの社会がどうしたらもっといいものになるのかゆっくり考えるための本》とありますが、社会課題を考えるような本ですか?

「というよりは “自分だけでゆっくり考えられる”という意味合いのほうが強いですね。なにか答えを探すとき、SNSを見ていろんな意見を知ろうとする人もいると思います。でも、SNSにあふれた声を読み解こうとしても、攻撃的な声、論破する言葉、さらして揚げ足をとるような構図を見るとすごくつらいし、答えはわからなくなる

 自分なりの答えを出すうえで、“突きつめて考える”ことは避けられないと思うんです。だからこそ、自分の気持ちを整理できたり“こういう考えがあるんだ”と気持ちがラクになれるような本を選びたいと思ったんです

無理も我慢もせずに、続けられる本屋に

店内のカウンターは、作業場、レジ、時には談笑の場としても活用される 撮影/山田智絵

──店内にカウンターがありますが、これは?

「私とスタッフのデスクです。スタッフは私以外に『HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE』で一緒だった柏崎と當山(とうやま)の2人。それぞれの仕事ができるように設けました。3人のシェアオフィスとしても活用しています

──なるほどですね。でもなぜこのような形に?

本屋以外の仕事もするためですね

──本屋以外の仕事?

本屋って、実はあまりもうからないんですよ。仮に毎日2万円の売上げがあっても、家賃と本の仕入れ代を差し引くと残るのはわずか。本屋だけで生活していくのは難しいと思っていました。でも、他の仕事と並行すればできるかもしれない。ありがたいことに、いまは連載や書評などのお仕事があるので、同時並行でやろうと決めました。

 でもここでまた問題があって、あまり自宅で執筆するのに慣れていないんですずっと本屋で仕事をしていたから、自宅はオフの感覚が抜けなくて仕事に身が入らない(笑)。かといって、事務所を借りるのは私の稼ぎでは負担が大きい。一方で、あとのふたりもそれぞれに別の仕事を持っていますが、作業するには自宅は手狭(てぜま)であるとか、打ち合わせに人を自宅に呼ぶのは抵抗がある、など、自宅で仕事をするデメリットを抱えていました。

 それなら、本屋を3人のシェアオフィスにすればいいなと。家賃の負担も減るし、誰も我慢せずにやりたいようにできると思いました

──それぞれ仕事をしながら店番もするのですね。

「そうです。柏崎は名刺やショップカード、ZINE(※)などの制作を。當山はボタン付けやほつれ・サイズ直し、衣装のオーダーメイドなどを承っているので、『蟹ブックス』に来て直接相談もできるよう、カウンターはオープンにしました

(※個人で作った少部数の出版物)

──お客様との距離も近いですよね。内装も爽やかなグリーンで開放的な空間です。

お客様の顔が見られたらいいなと思っていたので、それが表れているのかも。壁は私のこだわりで大好きな台湾をイメージしました。私の記憶だと、台湾にはこういう色の食堂が多くて。本屋というと白や茶色になりがちですけど、そこはちょっと差をつけたくてこの色にしました」

時間をともに過ごしたり、自分を取り戻せたりする場に

グリーンの壁紙と木の色が、エキゾチックであたたかな雰囲気を漂わせる 撮影/山田智絵

──店内にはギャラリースペースを常設して、イベントも行っていくと伺いました。

「現実的な話をすれば、本の売上だけでは厳しいゆえのリスクヘッジ的な意味合いもありますが、いろいろな人が集まって何かをするってすごくいいと思うんです。コロナで集まりにくくなりましたけど、その反面、リアルに会える場を求めている時代になっているとも思っていて。オンラインのライブやトークイベントも楽しいし私自身好きですけど、同じ時間に同じ場所に集まって、一緒に過ごすことを大切にしたいと思いました」

──どんなイベントをイメージしているんですか?

「しっかり決めてるわけではないですが、著者とファンの方が交流できるトークイベントやサイン会とか、できたらいいですね。『HIBIYA COTTAGE』でも何度かやらせてもらいましたが、ファンの方にとっても著者さんにとってもすごくいい機会だなと。

 ここは狭いからこそ、より一層著者さんを近くに感じられるし、SNSでは見られない姿を発見できるかなと。そういう場を提供していきたいと思っています」

──今後、ご来店される方に向けてどのような場所でありたいですか?

「なんか会社がしっくりこなかったり、人間関係に疲れたりしていても、来るだけでホッとできる場になれたらと思いますね。私にとって本屋がまさにそうで、人生がパッとしないときでも本を眺めていると気持ちが上向くんです。どんなときでも自分を取り戻せるというか。そんなふうに当店を使っていただけたらうれしいです。

 何回か来ていただくうちに、本のことやその人のこと、ささやかなことでも自然に会話ができる。そんな関係ができたらいいなと思っています

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 花田さんの本屋に対するさまざまな想いが込められた店内は心地よく、人に寄り添おうとする温かさが伝わってきました。『であすす』の経験やSNSでの気づきからセレクトした本は、どんな自分でも受け入れてくれるものばかり。蟹ブックスなら自分にしっくりくる、心がほぐれるような本と出会えそうです。蟹ブックスで、等身大の自分に寄り添う本を見つけてみませんか。

そのときの自分に合った本を選べる『蟹ブックス』。高円寺に来た際はぜひ立ち寄ってみては? 撮影/山田智絵

(取材・文/阿部恭子、編集/FM中西)

【PROFILE】花田菜々子(はなだ・ななこ)

1979年、東京都生まれ。書籍と雑貨のお店『ヴィレッジヴァンガード」に12年勤めた後、『二子玉川蔦屋家電』ブックコンシェルジュ、『パン屋の本屋』店長、『HMV & BOOKS HIBIYA COTTAGE』を経て高円寺に「蟹ブックス」を2022年9月にオープン。実話小説『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』はベストセラーになり、2021年に『であすす』の名でWOWOWにてドラマ化。