3年前、『わたし、恋人が2人います』(WAVE出版)を上梓し、関わる人すべてが合意の上で複数の人と付き合う『ポリアモリー』であることや、その実情を執筆したきのコさん。現在38歳だが、彼女がポリアモリーという言葉を知ったのは18歳、大学生のときだった。
言葉を知ってから向き合えるまで10年
「小学生のころ、友だちが“あの人のことが好き”なんて言うのを聞きながら、私はひとりに絞れないなあ、しかも、あの男の子もいいけど、この女の子もいいなあ……と思っていました。実際に、自分は他の人と違うぞ、と思うようになったのは、大学に入って好きな人と付き合ってから。初めて彼氏ができてうれしいのに、いつの間にか3股になっていた。
相談した友達に“これは続けるべきじゃないよ”と言われて彼氏と別れましたが、釈然としなかった。相手のことがこんなに好きなのに、他の人のことも好きになってしまう。おかしいな、だけどひとりと決めると苦しいなと煩悶していました。そんなとき、Wikipediaで世界のさまざまなパートナーシップについて調べ、ひとりの人としか付き合わない『モノガミー』、複数と付き合う『ポリアモリー』がいることを知ったんです」
知識を得て、これは自分のことだと思ったものの、正面から向き合う勇気は持てなかった。そのころのきのコさんは、まだまだ「女性と生まれたからには結婚すべき、子どもを生むべき」という従来の価値観にとらわれていたからだ。「“普通の”道から外れるのが怖い」とも思っていた。
長い間、友人関係だった大学の同級生と大学院に入ってから付き合い始め、27歳で結婚したが、1年半で離婚した。
「婚姻制度がしんどかったですね。当時はすでに社会人になっていましたが、結婚したとたん、残業していると“新婚なのに残業してるの?”と言われる。飲み会に行っても“新婚なのに大丈夫?”と言われて。“人妻”という知らない肩書きがいつの間にか付けられていて、しっくりこない。私自身、自分が結婚するまでには選択制別姓制度くらいできているだろうと思っていたけど、できていなかった。
彼は総務関係の仕事をしていて、私は営業職だったので、どちらかといえば姓が変わることで仕事上、めんどうになるのは私。結婚前、彼は“自分が姓を変えてもいい”と言っていたけど、結局、両親の反対にあって変えられなかった。
だから私、離婚したときは夫の姓を名乗り続ける選択をしたんです。そうすれば、パスポートやら銀行やらの、あの複雑な手続きをしなくてすむから。そうしたら今度は、“子どももいないのに夫の姓を名乗るのって、元夫に悪いんじゃない?”という人まで現れた。何をしてもいろいろなことを言われるんだと、あのとき学びましたね(笑)」
そもそも、きのコさんは結婚するまで、ポリアモリーという概念に自分をあてはめていなかったから、「ただの浮気性、浮気依存みたいなもの」だと解釈していた。結婚という制度で自分を縛れば、浮気などしなくなるかもしれないと思っていたのだ。一時期は、病気なのではないか、女性にも恋してしまう自分はおかしいのではないかと精神的に追い詰められるほど悩んだこともある。
「離婚して諦めがつきました。こういう自分と付き合っていくしかない。逆らって“普通の一夫一婦制度”に自分を押し込もうとしても無理なんだ、と。愛する夫がいても他の人のことも好きになってしまって、結果的に離婚して夫を傷つけたりもしたわけだから、これからは自分ときちんと向き合おうと、勇気を持てたんです」
100人に叩かれても、1人が救われるなら
どんなに好きな人で、自分から猛アプローチをして付き合うことになった相手だとしても、彼女はその後、「一途」にはなれない。だからといって、こそこそと浮気もできない。ようやく自分が「ポリアモリー」として生きていくしかないのだ、と認識することができた。その後、きのコさんはポリアモリーについて学んでいく。同時に、SNSなどを通じて、ポリアモリーであることをカミングアウトした。
「世の中に向けて発信したいと思ったわけではないんです。当時はとても孤独だったので、仲間が欲しかったし、語り合う場が必要だった。だから、最初から自分が複数の人を愛してしまう人間なんだと隠さずに言って、仲間探しを始めたわけです」
そのうち、「自分もずっと悩んでいた」「私もそうです」という人が現れるようになった。少しずつつながりが増え、孤独感をわかち合えることも多くなった。
「もちろん、“ただのビッチだろ”、“ブスのくせに”などと脊髄(せきずい)反射的にバッシングしてくる人は昔も今もいます。だけど100人に叩かれても、私と同じような人が1人でも救われるなら発信を続けていきたかった。SNSもそうですが、リアルな場で『ポリーラウンジ』(ポリアモリーに興味がある人々のための交流会)を主催してみたら、私自身、仲間に出会えて孤独ではなくなったから」
きのコさんは強いとよく言われるが、「強くならざるを得なかっただけ」と、透明な美しい声で語る。
きのコさんがカミングアウトしてからの10年間で、ポリアモリーの概念はかなり浸透した。ただ、概念が広がるにつれて誤解する人もいれば、悪用する人も出てくる。新しい考え方は、常にそういう怖さをはらんでいるのだろう。
「ポリアモリーとは、という定義を求める人も多いんですが、私はそれほど厳密には考えていません。思想も概念も生き物だから、時代によって変化していくものだと思っているので」
きのコさんが現段階で考える『ポリアモリー』とは。
「3人以上の登場人物がいて、全員が合意のもとで複数人で交際していること、ですね。そのうちひとりでも他にパートナーがいることを知らなかったり、嘘をついていたり、暴力的に概念を押しつけられたりする場合は違うと思っています」
自分にも他者にも正直でありたいから
ポリアモリーという言葉がひとり歩きして、「浮気心があること」のように考えられがちだが、きのコさんが大事にしているのは「全員の合意」である。例えば、きのコさんが、男1,男2とつきあうとする。その3人だけで合意がとれればいいわけではない。もし男1に新たな好きな人Aができれば、その人も交えて再び合意が必要だ。ひとつの恋が発展して、その“輪”がどのくらいの大きさになるのかは、想像がつかないこともあり得る。
さらにどの時点で合意を得るのか。
「私は付き合う前に合意をとったほうがいいと思っています。私自身はパートナーがいたら、他に好きな人ができた時点で言いますね。まだその相手と付き合うかどうかは別として」
ポリアモリーは複数の人を好きになるから、1対1の関係より濃度が薄いと思われがちだし、「適当に」付き合っているのではないかとも思われがち。だが、彼らは自分に正直であり、他者にも正直でありたいと思っているのだ。嘘をつかず、誠実に付き合うために「他に好きな人ができた」と告白するのだ。そこでフラれてもしかたがないと覚悟を持って。もちろん、それを他者に押しつけることはない。
「私自身、付き合ったモノガミーの男性に“他の人とは付き合わないでほしい”と言われたことがあるんです。その人のことが好きだったから、2年くらい頑張って我慢しました。でも、じわじわと苦しくなっていく。とうとう、私には1人だけは無理だと告白しました。自分を偽ると、あんなにつらいものなんだとよくわかった経験でした」
自分を偽らないことが、いわゆる“一般社会の規範”とは相容れない場合、どうすればいいのか。ポリアモリーは常にそうした煩悶を抱えながら過ごしている。
(取材・文/亀山早苗)
【※きのコさんに将来像を語ってもらった後編は、明日10/11(月)の11時に公開します】