現在の落語界において「爆笑王」といえば、柳家権太楼を置いてほかにない。彼が出てきて愛嬌たっぷりの笑顔を見せたとたん、客は引き込まれてしまう。噺(はなし)を始めると、権太楼の発する言葉から、こちらの頭の中にものの見事に絵が浮かぶ。噺家と客席が一体となる楽しさがある。そして、身体全体を動かしての渾身の落語に、爆笑に次ぐ爆笑が起こる。
コロナ禍、鏡の中にいる自分を見て驚愕
2020年10月末、権太楼は東京・池袋演芸場で高座に上がった。客はお世辞にも多いとは言えない。
「このご時世、爆笑落語はやりづらいんですよ。“笑いの連鎖”というものがあってね。寄席(よせ)では本来、お客さん同士はくっついて座っているから、隣の人につられて笑うことがあるわけです。だけど、今は客席を間引きしなくちゃいけないし、大声で笑うのがはばかられる雰囲気もある」
厳しい状況が続いているが、寄席が再開しただけでも、ファンはほっとしているだろう。
このコロナ禍で、権太楼のもとにも2月ごろからキャンセルや延期の連絡が届き始め、3月、4月と情勢が悪化していくうちに「もうダメだ」とさえ思った。
「寄席も休館ですし、最初は一日じゅう、ぼうっとテレビを観ていました。感染者数が毎日増えていき、志村けんさんや岡江久美子さんが亡くなって、こちらの気持ちもどんどん落ち込んでいく。家から出られない心理状態になっていきましたね。稽古する気も起こらないんです」
客の前で落語ができず、仲間や学生時代の友人とも会えない。「鏡を見るたびに、あたしがどんどん素人になっていくんですよ」と、権太楼は衝撃発言をした。
「鏡に映った自分が“権太楼さん”じゃなくなっていく。それはもう、恐ろしいくらいでした。自分の中に内在するものが出てくるのを待とうと思っていたんだけど、日に日に変わっていく自分の顔を見ていたら、これは何とかしなければと焦りましたね」
かといって稽古をする気力は出ない。どうしたらいいだろう……。そうだ、『権太楼の権太楼による権太楼のための独演会』をしてみよう、と決意した。
「あたしはいつも散歩をしながら稽古するんですけど、独演会だから稽古ではなく本番の呼吸でやる。しゃべるのは権太楼、客も権太楼だけ。例えば、ある日の演目は『百年目』。うん、これは案外よかったんじゃないの、と帰ってきてから出来栄えをメモする。
毎日それを繰り返していたら、『へっつい幽霊』という噺のときにね、ある言葉が途中で思い出せないんですよ。だけど飛ばしちゃいけない。本番のつもりでやっているから」
落語の稽古は一からの積み重ねで、タンスの引き出しを下からひとつずつ開けていくようなものだという。途中で開かなくなったら、またいちばん下に戻って開いていく。
「言葉が出てこなくなったら毎回、マクラ(落語の本編に入る前に、演じる演目に関連する話をする部分)からやり直すんです。もう、どれだけ時間がかかるかわからない。一度帰って、作ってある台本を見ればすぐにわかるんですよ。でも、それをしちゃあいけない。すぐに忘れるから。自力で思い出さなければ身につかない」
家に戻って「権太楼さん、これではお金はとれません」と、客の権太楼がダメ出しをする。結局、その言葉を思い出すまでに3、4日かかった。
「これ、逆に寄席なら、お客さんが気づかないように進めることもできちゃうの。だけど、いま聴いているのはあたしだけですからね(笑)、当然ごまかせない。この、ひとり独演会が楽しくてたまらなかった。やり始めてから、鏡の中の顔は“権太楼さん”に戻りました」