『らんまん』第6週の最後、万太郎(神木隆之介)は後に妻となる寿恵子(浜辺美波)と再会、一緒に上京した竹雄(志尊淳)から「バカみたいですき」とたしなまれるほどはしゃぎ回った。そこから寿恵子のプライベートのシーン(明治の“腐女子”だった!)をはさみ、次に映った万太郎の表情は引き締まっていた。
寿恵子への恋心を前提に、まだ寿恵子の何もわかっていないという竹雄。うん、うんと上の空かと思いきや、「まだいかん。まだわしは、何者でもない。けど、この道をもっと進んだら」とつぶやく万太郎はキリッと前を見つめていた。「もっと進んだら」、告白するのか求婚するのか、とにかく将来を見すえる万太郎だった。
第5週に続く、「子犬ですけど、ただの子犬ではありません」作戦。6週で視聴者に訴えたのは、万太郎の「野心」と「優しさ」だった。
経緯ははしょるが、引っ越し途中で標本(土佐植物目録)の入ったトランクを盗まれる。探し回り長屋にたどり着くと、盗んだ男(大東駿介)が標本を燃やそうとしていた。男は金を要求、承諾する万太郎が語ったのが標本の「値打ち」だった。千金の値打ちだが、それを知っているのは自分だけ、だから自分は世に出て、その値打ちを明かす。そうせねばならないのだと語っていた。
初めて出た「世に出る」という言葉は、立身出世を意味してはいない。そうはわかりつつ、それでもやはり「野心」だろう。第7週の東京大学編につながる言葉だろうし、以後の万太郎を理解するキーワードにもなるはずだ。
“ベテラン”神木隆之介はさすがの演技を
万太郎が声を荒げるところも描かれた。金が先か、標本が返すのが先かというやりとりで、「見くびるな!」と男を一喝した。「今さら(金を)渋ると思うか。おまんが燃そうとしゆうがは、わしの命そのものじゃ」。抑えた声で、そう続けた。
男が標本を返すと、「優しさ」を見せる展開になった。男の妻(成海璃子)が現れ、部屋からは熱を出した息子の泣き声がする。自分の小さいころと重ねた万太郎が「医者代は出す」「熱冷ましもある」と言って、部屋に上がる。「熱いのー、しんどいのー」「心配ないき」と声をかける。医者が到着すると「ケン坊、えらいのう、大丈夫じゃ、もう大丈夫じゃ」。育ちのよさが、損得抜きの優しい人柄になっているとわかる。
神木さん、さすが芸歴28年の30歳だ。「えへへ」と笑う子犬をベースにしながら、いざとなったらならず者風の男にも立ち向かい、そこから一転、優しさを出しまくる。なるほど万太郎役に、選ばれるはずだ。
と、神木さんをほめたところで、ここからは万太郎への苦言だ。とにかく、金銭感覚がなってなさすぎる。引っ越し中に牛鍋を食べるのは、まだよしとしよう。だが、標本を人質にとられたからといって、犯人の言い値の3倍以上も出すのはどういうことか。ここまで書かなかったが、男の要求金額は「30」だった。それを万太郎は「わかった、100払おう」と言ったのだ。
「30」「100」と言うばかりで、単位を言わないのは生々しさ軽減のためだろうか。でも、ここははっきりさせよう。「30」と聞いたとき、竹雄は「法外な」という顔をしていたから、「30銭」ではなく「30円」と察せられる。すべて片づいた後、男の家で帛紗(ふくさ)に包んで渡したのは100円だとして、今の金額に直すならいくらだろう。調べたところ、何を基準にするかにもよるが「1円=2万円」という計算もできるそうだ。200万円を即金で渡す万太郎は、いったいいくら持って上京してきたのだろう。
万太郎のモデル・牧野富太郎の実家が傾いた史実
竹雄が万太郎を諭した。当然だ。湯水のごとく金のある家に育ったが、こんなことはこれを最後にしてください。そういう竹雄に、万太郎も「はい」と神妙に答える。竹雄はそこで、「峰屋は若の財布じゃない」と言う。促す調子だから、万太郎も「峰屋は若の財布じゃない」と続けた。再び竹雄が「峰屋は……」と発声、万太郎が続き、結局4度。
ほのぼのとした2人のシーン。仲がよくて、よかったねー。とは、まったく思わなかった。ばかもーーん。脳内で磯野波平がカツオ、じゃなかった、万太郎を怒鳴っていた。だって万太郎が言うなら、「峰屋はわしの財布じゃない」だろう。それなのに「若」のまま。おうむ返しなら、タラちゃんだってできるぞ。
と、1人で憤っているのには訳がある。万太郎のモデルとなった牧野富太郎の人生を知っているのだ。NHKのホームページには《『らんまん』は高知県出身の植物学者・牧野富太郎の人生をモデルとしたオリジナルストーリー》とある。万太郎は富太郎にあらずという主張だが、富太郎関連番組も連発している。彼の人生もわかるし、知りたくなるから調べるのが人情だろう。例えば練馬区立牧野記念庭園のホームページにはこうある。
《研究のため出費がかさみ、博士の実家の経営は傾きます》
『らんまん』でいうなら、峰屋は万太郎のせいで倒産の憂き目に遭う。そうわかっているから、万太郎の金銭感覚にイライラする。しっかりしてくれないと、綾(佐久間由衣)が酒造りを続けられなくなるのだ。それなのに、それなのに、万太郎は30話、和菓子屋で商品をすべて買い占めていた。引っ越し祝いだそうだ。ばかもーん!
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。