今、若い世代からも、また海外からも熱い注目を浴びている昭和ポップス。昨今では、音楽を聴く手段としてサブスクリプションサービス(以下「サブスク」)がメインで使われているが、必ずしも当時ヒットした楽曲だけが大量に再生されているわけではなく、配信を通して新たなヒットが生まれていることも少なくない。
そこで、本企画では1970年、80年代をメインに活動した歌手の『Spotify』(2023年7月時点で5億1500万人超の月間アクティブユーザーを抱える、世界最大手の音楽ストリーミングサービス)における再生回数をランキング化。当時のCD売り上げランキングと比べながら過去・現在のヒット曲を見つめ、さらに、今後伸びそうな“未来のヒット曲”へとつながるような考察を、本人または昭和ポップス関係者への取材を交えながら進めていく。
今回は、1987年にシングル「男のコになりたい」でアイドル歌手としてデビューをし、1995年に自身が主演を務めるドラマ『星の金貨』(日本テレビ系)及びその主題歌「碧いうさぎ」が大ヒットとなった酒井法子に注目。いつものように、全3回に分けて本人と現在のSpotify人気曲を考察しつつ、今年7月に発売された35周年記念ベストアルバム『Premium Best』についても語ってもらう。
ちなみに、酒井自身は『ポッドキャスト』(インターネットを通じて音声を楽しむ配信サービス)をよく活用しているという。
「今、ラジオ番組にレギュラー出演させていただいているので、他の番組も勉強しなくっちゃと思い、何か面白いコンテンツはないかと友人に尋ねたら、ポッドキャスト内の番組をすすめられたんです!」
Spotifyで海外リスナーが半分以上の楽曲も! 人気のワケを酒井本人が独自分析
そして、酒井法子のSpotifyでの月間リスナーは約12万人。これは’80年代にデビューした女性アイドルとしては上位10人に入るレベルで、このうち海外リスナーは約3割。後述するように、圧倒的な人気となっている「碧いうさぎ」は約2割にとどまっているので、それ以外の楽曲がかなり海外で聴かれているということだ。特に、地域別の再生回数を見ると、アニメ主題歌だった「アクティブ・ハート」がアメリカやメキシコで上位に。そしてテレサ・テンのカバーである「時の流れに身をまかせ」はブラジルや台湾で上位となり、いずれの楽曲も海外比率が5割を超えている。
「えぇっ、ブラジルやメキシコ!? 情熱の国じゃないですか!! 私は小学生のころ、お隣にブラジル人のご家族が住んでいて、夕方になるとガーリックをオリーブオイルで炒めたいい香りがしてきたのを覚えています。ご家族にはとても可愛がっていただきました。だから友好的に感じていた国で聴かれているなんて、とってもうれしいです。メキシコは……私、テキーラが大好きなので、テキーラの神様に愛されて聴かれているのかもしれませんね(笑)! 台湾は、テレサ・テンさんの故郷というのと、以前に台湾や香港でライブをした影響があるのかもしれません」
人気ランキングは「碧いうさぎ」が圧勝、紅白での手話のパフォーマンスも話題に
では、ここからは現在のSpotifyの順位に沿って見ていこう。第1位は、450万回以上も再生され、2位以下に4倍以上の大差をつけた「碧いうさぎ」。
「主演ドラマ『星の金貨』の主題歌として歌わせていただきましたが、当時はそういう主演と主題歌どちらも担当するのが、ひとつのステータスでしたよね。耳と口が不自由な主人公を演じるので、ドラマが始まる2か月くらい前から、黒柳徹子さんとゆかりのある『トット文化会館』の手話教室に通っていました。そこでは、聴覚障がいをお持ちで、なおかつ演劇もなさっている井崎哲也さんがドラマの手話指導をしてくださったんです」
本作といえば、手話を用いた歌唱パフォーマンスも大きな話題を呼んだ。
「『碧いうさぎ』をその年のNHK紅白歌合戦で歌わせていただけることになった際に、“聴覚障がいをお持ちの方に何か恩返しができないか”と考えたんです。いろいろと案を出していた中で、当時のマネージャーさんから“この歌に手話をつけてみたら?”と提案されて、本番で披露したのが始まりですね」
本作はオリコン初登場9位ながら、以降13位、10位、10位、11位、10位、11位、7位、5位、5位、6位、10位を記録。3度の返り咲きを含み、のべ9週間もTOP10入りし、息の長いヒットとなった。
「それだけロングヒットになったのは、ドラマのオンエア効果なんでしょうね。私を出していただけたのは、その2年前の月9ドラマ『ひとつ屋根の下』が評判だったからだと思うのですが、『星の金貨』には当時、ファッション界のトップモデルだった大沢たかおさんと竹野内豊さんが出られていて。まだ“俳優”という雰囲気ではなかったんですが、今から考えると、あんなイケメンふたりを両脇に携えて……すごいなぁ、贅沢だなあと思いますね!(笑)」
初回視聴率を知りプロデューサーが“失踪”、「あなたが満ちていく」で起きた変化
ちなみに、ドラマのほうの視聴率(ビデオリサーチ調べ、関東)も、初回の7.2%から最終回では23.9%と3倍以上の伸びを叩き出し、異例の人気となった。
「きっと私が主演というのが視聴率的には弱くて、初回は1桁台だったんですよ。そうしたら、開始前にすごく張り切っていたプロデューサーが突然、失踪してしまって! 何かあったんじゃないかとみんなで心配していたら、3日後に“かつ丼食ってました~”って帰ってきて、“3日もかかるんかーい!”って、みんなでツッコんでいました。でも、徐々に視聴率が伸びて、楽曲も多くの方に届いてくれてうれしかったです」
「碧いうさぎ」は出荷枚数では100万枚をゆうに超えているのだが、当時のオリコンCDシングル売り上げ枚数(週間TOP100内のみカウント)では99万7380枚と、ミリオンまであと一歩。現在、CDシングルはすでに発売されておらず、1曲単位で購入するダウンロードのほうが25万件以上(日本レコード協会調べ)とジワジワ伸びている。レコード会社には、ファンの方々からCDシングル再発売の要望も来ているようだ。
なお、「碧いうさぎ」がここまで売れた要因としては、もちろんドラマ『星の金貨』のヒットも大きい。だが、酒井は本作の前から「あなたが満ちていく」などフェミニンな楽曲の歌唱が板についてきていたし、演技自体も『ひとつ屋根の下』で定評を得ていたなど、それまでの彼女の努力があったからこそ大きく開花したと考えるほうが自然だろう。
「すごい! そんな風に見てもらえるなんて、ありがとうございます! 『あなたが満ちていく』は、それまでの“のりP~!”っていう、ただの元気な女の子ではなくなっています。『ひとつ屋根の下』で演じた小雪ちゃんを通して、みなさんに等身大の女性を感じていただけたこともあり、そのあたりからナチュラルな歌を届けていたんですよね」
酒井法子×西村知美で令和に「碧いうさぎ」を熱唱! 西村は「実生活でも親友」
また「碧いうさぎ」は令和に入ってからも、テレビ番組で紹介されるたびに注目を浴びている。最近では2023年5月、柏原芳恵が司会を務めるテレビ番組『喫茶☆歌謡界』(J:COMテレビ)において、酒井法子の歌唱と西村知美の手話によるコラボで披露されたことが話題となったのだ。
「知美ちゃんは『星の金貨』にも私の親友役で出てくださいましたが、資格マニアで、しっかりと勉強する人なんです。彼女はドラマのオファー前から手話教室に通っていたので、手話の大先輩として、彼女にも教わっていました。また、堀越高校時代からの親友でもあり、大人になった今でも仲良くしてもらっています。
その知美ちゃんが今回、柏原芳恵さんの番組にゲストで呼ばれた際に、“自分ひとりだけじゃ寂しいので、法ちゃんもどう?”って誘ってくれたんですよ。それで、“知美ちゃんと何かコラボしたいな”と言ったら、“手話をやらせて”って言ってくれて。彼女の手話には、温かい人柄がにじみ出ていて……今思い出しても、ぐっと来ちゃいますね。芸能界としては知美ちゃんが1年先輩なので、学校が一緒になる前は“西村さん”と呼んでいましたが、同じ高校になってからは“知美ちゃん”と呼ばせてもらっています!」
『続・星の金貨』の主題歌となった「鏡のドレス」も、当時40万枚を超えるセールスで、酒井にとって第2のシングルヒットに。ただ、大型特番ではどうしても、同じドラマシリーズのタイアップである「碧いうさぎ」の歌唱に限られるためか、「鏡のドレス」のSpotify人気は第4位に落ち着いている。しかし、こちらも演奏の音数が少ない分、切々とした酒井の歌唱がよくわかるバラードで、ぜひ若い方にも聴いてもらいたい。
「テレビ局からは、『碧いうさぎ』のほうを依頼していただくので歌わせてもらっていますが、『鏡のドレス』も名曲ですよね。私が“どうしても歌いたい~!”ってダダをこねれば歌えるのかもしれませんが……(笑)」
「世界中の誰よりきっと」は歌うたびに「お客様が笑顔になってくれてうれしい」
そしてSpotify第2位は、なんと’07年のシングル「世界中の誰よりきっと」。本作は、オリジナルである中山美穂版のサブスク解禁(’20年11月)がやや遅かったため、その分の人気が酒井法子版に集中した影響もあるだろう。しかし、中山版が解禁されてからも、酒井版は自身のTOP5級の人気を維持し、いずれにせよCDシングル(0.7万枚、オリコン調べ)以上のサブスクヒットとなっている。
「なんと、織田哲郎さん作曲の作品が、Spotifyのワンツーフィニッシュなんですね! この歌はトヨタ『ノア』のCMソングとして歌ってくださいと言われました。日本中の誰もが知る名曲なので、“私がカバーしていいんですか?”という気持ちもありましたが、どこで歌わせていただいてもお客様が笑顔になって、イントロの《ドン、ドドン~♪》から盛り上がるので、とてもうれしいです。それと、ゴスペル風に作った(Version II)のほうも大好きですね」
酒井は、例えばSpotify第9位の「ホンキをだして」について、「デビュー2年目の終わりに、突然1曲だけ筒美京平作曲のシングルというのは唐突な感じがしますね」と尋ねると、
「うーん、周囲もいろんなアイデアを考えてくれていたんでしょうね……。スタッフもようやく、“ホンキをだした”んじゃないかしら(笑)。いや、でも毎回本気だったでしょうし、むしろ私に対して“ホンキをだして”って、叱咤激励したのかも?」
などと間髪入れずに答えた。とにかく頭の回転が速く、硬軟織り交ぜて周囲を楽しませるところに、アイドル歌手としても、女優としても開花したマルチな才能を感じさせる。次回は、Spotify第5位の「アクティブ・ハート」や同6位の「時の流れに身をまかせ」など、さらなるヒット曲についてともに考察していきたい。
(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)
【PROFILE】
酒井法子(さかい・のりこ) ◎1971年、福岡県生まれ。1987年2月5日、シングル「男のコになりたい」でレコード・デビュー。以来、ミリオンセラー「碧いうさぎ」を始めとし、多くのシングル・アルバムを発表。また、女優としてテレビ・映画・CMでも活躍。中国・香港・台湾をはじめとするアジア各地でも人気を博し、現地でのコンサートも成功させている。2023年7月には35周年記念ベストアルバム『Premium Best』をリリースし、日本各地でのイベントも開催。
酒井法子が35周年を記念して、セルフセレクション・ベストアルバムをリリース!
限定盤にはテレビ映像コレクションを収録したSpecial DVDとフォトブックも封入♪
◎酒井法子 公式Instagram→https://www.instagram.com/noriko_sakai_official/