昨年の情報解禁からずっと楽しみにしていたNetflixシリーズ『離婚しようよ』の配信が6月22日より、いよいよ始まる。昨今、オリジナルの良作品を次々に生み出しているNetflixが配信し、地上波放送TBSによる制作。そして脚本は恋愛ドラマの名士・大石静と、クドカンこと宮藤官九郎による共同脚本。こんな豪華な作品が観られるなんて、大袈裟だが令和まで生きてきてよかった。
というのも私こと、小林久乃。ドラマオタクが高じて上梓した『ベスト・オブ・平成ドラマ!』(青春出版社刊)でも「アイラブ宮藤官九郎」という文章を綴ったほど、クドカンファンである。脚本を手がけた作品はすべて視聴済み、死ぬまでの夢は彼と酒を酌み交わすこと、とまで言い切っている。そんな私がみなさまよりも一足早く『離婚しようよ』を観させていただいた。いや〜、面白かった。単純な表現になってしまうけれど、これに尽きる。そんなオタク視点でくまなくチェックした見どころを紹介していこう。
政治家一家に生まれ育った、東海林大志(松坂桃李)と、人気女優の黒澤ゆい(仲里依紗)が離婚を決意した。夫婦そろっての不貞、家庭環境とさまざまな問題を経て、ふたりが出した結論である。ただ普通の関係性ではない彼ら、別れようにも一筋縄ではいかない。大志の選挙活動はどうする? ゆいの奥様キャラでリリースされているCMの違約金はいくらになる? と、尽きることのない問題が勃発。世間から理想の夫婦と言われたふたりが最終的に選ぶ道とは……。
炸裂するクドカンワールドに 水滴のごとく落ちる大石静の情念描写
見どころとしてまず念頭に置いてほしいのが、全体を見渡すと宮藤官九郎節が全開であること。今の社会人であれば一度は触れたことがあるであろう、彼の作品には独特のクセがある。例えば、今回はメインロケ地に愛媛県を選んでいる。この地域は大志の選挙区であり、ゆいのブレイク作品となった連続ドラマ『巫女ちゃん』の舞台。一瞬「愛媛県……?」と脳内が迷宮入りしてしまう。恥ずかしながら、愛媛県には柑橘のイメージしかわかない。ただこれは宮藤氏が手がけたドラマは顕著に見られる傾向のひとつ。
『池袋ウエストゲートパーク』(2000年)、『木更津キャッツアイ』(ともにTBS系列・2002年)では、ニッチな地域をロケ地に選び、タイトルにもつけて、聖地巡礼ブームを起こした。朝ドラ『あまちゃん』(NHK総合・2013年)では東日本大震災以降、制作陣が触れることを避けた東北を舞台にした。ちなみに宮城県は彼の出身地でもある。今回の愛媛県も、観光客量にブーストがかかるかもしれない。
さらに彼らしいオマージュ(パロディー)もお見事で、ゆいが出演する作品によくその傾向が見られた。連ドラも『巫女ちゃん』と言われれば、やっぱりあの朝ドラを思い出す……(あまちゃん)。ほかにも『〜君の雑炊が食べたい』がさらりと登場(君の膵臓をたべたい)。政治家の想田豪(山本耕史)は、自ら政党を打ち立てた現役の政治家に絶妙に似ている。想田が建てた選挙事務所はあからさまにApple Storeだったと、思い返して笑ってしまう。
と、ここまで並べるとコメディ要素のみ。そこを食い止めるのが大石氏の脚本ではないかと推測する。共同脚本というと一話ずつ、テレコ方式で書かれることが一般的。ただ今回は交換日記のように、ふたりが書き継いでいったそう。なるほど。
例えばこんなシーンがあった。離婚に向かって進む夫婦ではあるが、途中、何度か数年間の結婚生活で積み上げた情にかられてしまう。
「議員になる前の大志さん、素敵でしたよ。優しくて、まっすぐで、愛媛のことが大好きで!(中略)まぶしかった。惚れ直しました」
と、厳しい義母から大志をかばうゆい。これは大志も同じだった。こういう部分が大石氏の『大恋愛〜僕を忘れる君と』(TBS系列・2018年)を生み出す、感動操作力なのだ。各シーンやセリフが、どちらの執筆であるのかを想像をふくらませながら観るのもまたよし。
握手と頭脳戦が応酬する選挙シーン。 観終わると「あれ、選挙っておもしろいかも」
これまでの作品で落語、舞妓、能楽、海女と稀な職業をテーマにしてきた宮藤氏が、今回選んだのは政治。いや、正確には“選挙活動”がテーマだ。
東海林家は愛媛5区が選挙区となる、いわゆる政治一家。その長男として生まれた大志は、三世議員だ。権力を持っていた父親は数年前に急逝してしまった。地元で人気もない。絶大な人気を誇るゆいにあやかって、なんとか立候補できるような立場にある。そんな状況でも東海林家は選挙に向かう。
「勝ちたいんじゃない! 勝たなきゃ意味がないんです!!(中略)生きている意味がないんです」
事務所を開き、選挙カーだけではなく時には自転車や徒歩で愛媛を駆けめぐる。顔が売れるなら、披露宴で余興も行い、ゲートボールにも参加する。そしてずぶ濡れになってでも、最後の最後まで候補者の名前を叫び続ける。
「東海林大志、東海林大志をどうぞ、どうぞよろしくお願いいたします!」
時間も体力も財力も消耗するまで、スタッフ一丸となって向かう選挙。巫女の衣装を着て何度も選挙活動に登場したゆいも、終盤で選挙が面白くなってきたと言っていた。そんな『離婚しようよ』を観ていると、なんだか胸が熱くなってくる。サッカーのワールドカップを応援している、あの熱狂とはまた違った高揚感があるのはよくわかる。生まれてから散々見てきたような選挙活動に、こんな熱量がこもっていたとは知らなかった。
さすがクドカンマジック。そこにベテラン脚本家のスパイスも加わって『離婚しようよ』はとんでもなく輝かしい。
(文/小林久乃)
Netflixシリーズ『離婚しようよ』は2023年6月22日(木)よりNetflixにて全世界独占配信。
*解説後編→<Netflixシリーズ『離婚しようよ』見どころ解説#2>仲里依紗を悩ます松坂桃李、錦戸亮。まるでクズ男品評会!?
《PROFILE》
小林久乃(こばやし・ひさの)
エッセイ、コラム、企画、編集、ライター、プロモーション業など。出版社勤務後に独立、現在は数多くのインターネットサイトや男性誌などでコラム連載しながら、単行本、書籍を数多く制作。自他ともに認める鋭く、常に斜め30度から見つめる観察力で、狙った獲物は逃がさず仕事につなげてきた。30代の怒涛の婚活模様を綴った『結婚してもしなくてもうるわしきかな人生』(KKベストセラーズ)を上梓後、『45センチの距離感』(WAVE出版)、『ベスト・オブ・平成ドラマ!』(青春出版社)と著作増量中。静岡県浜松市出身