『らんまん』第2週、万太郎は9歳から12歳を経て、18歳になった。4月14日放送の10話では、新政府による小学校に飽き足らない万太郎(小林優仁)が新任教師に「もっと学びたい」と訴えていた、英語で。怒った教師の「出ていけ」の言葉に、「わかりました、ほんならやめます」と答える万太郎。“天狗”(ディーン・フジオカ)と出会った木の根元に寝転んだと思うと、起きたら18歳になっていた。
2週を経てわかったのだが、『らんまん』は人生を説くシーンがとても多い。1週では天狗ならぬ坂本龍馬が幼い万太郎に「人は事をなすために生まれてきたのだ」と語り、2週では学問所「名教館」の学頭である池田蘭光(寺脇康文)が語り部だった。
江戸から明治に移り、身分制度はこれからますます消えていくと語る池田。身分が消えたとき、何が残ると思うかと万太郎に尋ね、自ら答える。「己(おのれ)じゃ」。そして、自分が何者かを探していくのが人で、学びはその助けになる。だが、道を選ぶのは自分なのだと続ける。
万太郎が花を見つける場面になり、人生論はまだ続く。特徴から「キンセイラン」ではないかと当たりをつける万太郎。本では読んだが実際に見たのは初めてで、その金色に輝く美しさに「ぞくっと来た」と言う。池田はこう語る。「心が震える先に、金色の道がある。その道を歩いて行ったらええ」。
自分の道を歩いていけばよい、その道を決めるのは自分で、心に忠実であれ。そうすれば、必ず何かを成し遂げられる──2人の言葉をまとめるとそうなるだろう。主人公に語っているのだが、実は視聴者に語っているのではないかと思う。「このドラマの言いたいことは、こういうことですよ」と指差し確認しているように感じるのだ。
万太郎が先生を煙に巻いた日、『あまちゃん』ではアキが叫んでいた
ストーリーを追いかけるうちに、「ああ、このドラマって、こういうことが言いたかったのね」とわかってくる。それがよいドラマなのでは、と思うのだが、『らんまん』は最初からぐいぐいと「みなさーん、これからこういうことを言っていきますよ」と種明かししていく。ホワーイ、『らんまん』ピーポー? 厚切りジェイソン(ちょっと古い)に聞かれたら、こう答える。ビコーズ、男性が主人公だから。
『らんまん』が始まった4月3日、もうひとつの朝ドラが始まった。『あまちゃん』(2013年度前期)だ。NHK BSプレミアムで午前7時15分から再放送され、7時半から『らんまん』だ。続けて見ることにしたので、現代の北三陸から明治の高知県へと毎朝ワープしている。
万太郎が英語で先生を煙に巻いた14日、『あまちゃん』では主人公のアキ(当時は能年玲奈、現在はのん)が叫んでいた。「東京さ、帰りたぐねー」「ずっと、ここさいてー」「ここで、毎日、海さ、もぐりてー」。泣きそうになった。ここからの展開は知っている。ここに残るし、海にもぐるし、東京でアイドルになる。わかっているのに、グッと来た。
女性だから、だ。アキが女性だから、自分と重なる。「したい」と思うことを見つけるのは簡単でないし、それを口にするのも簡単でない。でも、言葉にしなければ、事態は動きださない。頑張れ、アキ。そんなこんなを思い、涙ぐんでしまう。
それに比べると、万太郎が「金持ちの気ままなお坊ちゃん」に見える。英語で先生に訴える場面も、「賢いんだな」と思うより「ちょっと鼻につくかも」と思ってしまった。10日放送の6話冒頭、ナレーションがこう入った。「彼の名は、槙野万太郎。移りゆく時代の中を、ただ植物を愛し、天真爛漫に駆け抜けました」。そういう人とわかっているが、どうも万太郎に乗っていけない。
おディーン様や寺脇康文の風貌は、女性視聴者を味方につけるため?
というのは、まったく個人的な感情だ。だが、朝ドラの主たる視聴者は圧倒的に女性だろう。男性に自分を重ねる視聴者は少ないことが予想され、つまりは男性を主人公とした場合、共感度が上がらないリスクは高いと思う。で、このこと、制作サイドも十分理解しているはずで、リスク軽減作戦が人生論ではないだろうか。万太郎は天真爛漫ですが、お気楽ではないですよ。わが道を見つけたいと悩める少年です。そう早めに説明するための人生論。おディーン様も寺脇さんも野生味あふれる風貌にしたのは、女性視聴者を味方にしたいという計算では? そんな気さえしている。
もうひとつ、男性主人公リスクを軽減するための作戦として、万太郎の姉・綾がいると思う。酒造りをしたいのに、できない無念を7話で万太郎に語った。将来は「どっか知らん家で、知らん旦那さまに尽くす」ことになる、どうせ尽くすなら峰屋にずっといたい、酒造りをしたい、だけど「(女性は)穢(けが)れちゅうがじゃと」、と。姉ちゃんは穢れてなどない、酒造りをしたらいい、しきたりなど変えればいい。万太郎はそう姉に言い、「今こそ変わる時なんじゃ」という蘭光の言葉に思い至る。そういう場面だった。万太郎はジェンダーにも縛られない自由な男性、それも天真爛漫さ、そんなふうに描くこととセットでの「リスク軽減作戦」だと思う。
だからこれからも、綾の人生は描かれ続けるはずだ。時代はまだ明治、どこまで酒造りができるだろう。頑張れ、綾。ってNHKの思うツボ?
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。