子どもへの愛にあふれた優しい父親から迫力ある組織の幹部まで、長いキャリアの中で幅広い役柄を演じ、今や「名バイプレイヤー」としてドラマや映画に欠かせない俳優の光石研さん。
そんな光石さんが出演する映画『波紋』が、5月26日から公開されます。ある一家を通して、現代社会の闇や女性の不安、苦労を淡々と描いた本作。光石さんが演じたのは、ある日突然失踪し、11年後にひょっこり妻の元に帰ってきた須藤修。
演じた役や作品についてはもちろん、本作で監督と脚本を務める荻上直子さんや妻を演じた筒井真理子さんとのエピソード、社会派の作品に出演する際の俳優としての思いなどをお話しいただきました。
本作で女性のイメージが一変
――まずは今作の脚本を読んでどんな感想を持ちましたか?
大変面白く読ませていただきましたが、「女性って怖いな」というのが率直な感想でした。
僕は幼いころから「女性」という存在は母しか深く接してこなかったものですから、女性って「聖母」のようなところがあるとずっと思っていたんです。もちろん、ドラマなどで女性の怖いところも見てきましたが、今回の脚本を読んだら「陰ではこんなことしていたのか」とか「実はこんなことを考えていたのか」というのが妙にリアルでしたね。
――修の妻・依子は、突然いなくなって突然帰ってきた夫への「仕返し」として、修の歯ブラシで洗面所をこすったり、水道水を飲ませたりということをひっそりとやっているんですよね。
夫婦とはいえ、所詮は他人同士ですし、裏の顔や本当は何を考えているかわからないものだなと思いました。もしかしたら、僕だって歯ブラシぐらいやられているかもしれないですからね(笑)。この映画に出てから女性を見る目が変わりましたから、僕も妻にそういうことをされないように、より一層気をつけようと思います。
――そんな妻の依子役を演じられた筒井真理子さんとの共演はいかがでしたか。
筒井さんはこの役に全身全霊を捧げていました。難しい役ですからね、撮影期間中は相当張り詰めていたと思います。
最後のフラメンコは圧巻でしたよ。僕はその撮影のとき、隣の控え室から見ていたんですけど、さすがでした。雨ざらしの中、本当に大変だったと思いますけど、依子がいろいろなことから吹っ切れた「解放の舞」みたいなものを感じました。
つかみどころのない、身勝手な男の最期
――修をどういう人物と捉えて演じられましたか?
震災で大変なときに、突然家族の前から消えて、その後いったいどこで何をしていたかは僕もわからないですから、どういう人だったかは特に考えずに演じました。質問されたことに対して全部はぐらかすような、なんだかつかみどころがない男だなという感じになればいいなと思って演じました。
――修は自分にがんが見つかったことで「最後はここでと思って」と言って依子の元に戻ってきましたが、それまで自分の息子がどこに就職したかも知らなかったですしね。
何にもわかっていないし、自分がいなくなった後、この家がどうなっていようが別に、ということなんでしょうね。だけど、自分にがんが見つかって、心細く、人恋しくなって戻ってきた。本当に男の身勝手だなと思います。
――ほかにもデリカシーに欠ける言動が多く、依子はもちろん、見ているほうもイラッとすることが多かったのですが、それは修が依子の気をひくためにわざとやっていたのかな?とも感じました。
僕はそこまで考えずにやっていましたけど、11年ぶりに我が家に帰ってきたら、だんだんと遠慮がなくなっていったのかなと思います。自分が建てた家ということもあるし、家に上がりこんでからは食べ方も雑で、パンツ一丁で家の中をウロウロしたり、椅子の上に足をのっけて爪を切ったりして。そういう修の遠慮のなさに、ちょっとイラついてほしいなとは思っていました。
――病に臥せった修が、息子の拓哉に「俺とっとと死ぬわ」 という一言が何だか切なくて、胸を突きました。
これも身勝手なセリフですよね。多少の強がりでもあるんでしょうけど、そう言われたら残されたほうは嫌じゃないですか。
だけど、修は幸せだったんじゃないかと思うんです。奥さんの状況やいろいろなものが変わっていたし、ちょっと居心地は悪いとはいえ、自分が建てて数十年は過ごした我が家に戻ってくることができて、ホッとしたんじゃないかな。
――筒井さんがインタビューで「修はずるい男として書かれているのに、光石さんが演じると『まあ、しょうがないな』となぜか許してしまう男に変わってしまうんです」とおっしゃっていました。
男の人ってわりとそういうところがあるんじゃないかな。修も一応は申し訳なさそうに帰ってくるけど、妻がまだそこにいてくれたので「もしかしたら、自分のことを待っていてくれたのかも」と思ったかもしれない。それに、依子さんがわりとすぐに家に入れてくれたから、どんどん調子に乗って、昔の感覚に戻っていったのかもしれないですね。
――がん治療のため、未承認薬のお金を出してほしいと依子に懇願するシーンで「許してくれなくていいから助けてください」というセリフが印象に残っています。
あれも修としては特に深い意味はなくて、本当にただお金を出してほしかったんじゃないですかね。だから興味のない新興宗教の集まりにもついて行って、依子のいる手前、ちょっとええカッコしいなところが出たり、理解のあるようなことを言ったりしたのではないかと思います。
「この作品は純喜劇。ちゃんと笑ってもらいたい」
――依子が入信している新興宗教の勉強会のシーンで、みんなで変な踊りをするところが妙に頭に残っています。
あのシーンはもうおかしくてね、台本を読んだとき、大笑いしたんですよ。僕はこの作品を「純喜劇」として見ていただきたいんです。実は最初にこの作品の脚本を読んだとき「これこそ純喜劇だ」と思ったんです。僕が謎の踊りをうまくできなくて、その様子をスタッフと大笑いしながら撮っていたので、演じていても面白かったし、あのシーンは大好きですね。
――私も「ここは笑ったら失礼かな」と思いつつ、笑ってしまいました。
いいんですよ。ちゃんと笑ってほしいんです。だって、どう考えたっておかしいですもん。もちろん、その会の中にいる人たちは真剣にやっていることですけど、傍から見たら滑稽ですから。
荻上さんの心の中にある社会に対しての「牙」を出してきた作品
――荻上(直子)監督はかなりの熱い思いを持って今作の脚本を書き、撮影に臨まれたと伺いました。光石さんから見て、これまでとは違う熱量みたいなものは感じましたか?
どの現場でも熱量は変わらないですが、監督とはもう何作もご一緒させていただいているので、荻上さんの心の中にある社会や人間に対しての「牙」というか「刃物」みたいな思いは僕も以前から知っていました。
ものすごく物腰が柔らかくて、現場でもやりやすくやってくれるけど、あれでいてわりと熱い人ですから。結構な毒を吐くときもあることを知っていたので、この作品の話を聞いたときは「やっぱり来たか」と思ったし、「さすがだな」とも思いました。
今回は筒井さんと心中するような感じでずっと作っていましたよ。荻上さんはいわゆる「俳優ファースト」というか、演者に寄り添ってくださる監督なので、今回も筒井さんだけじゃなく、息子の婚約者を演じた津田(絵理奈)さんにもずっと寄り添っていました。
――今作は、介護や新興宗教、障がい者への差別など、今の社会にあるさまざまな問題を扱っていて、それらをオブラートに包むことなく提示した作品だったと思うのですが、光石さんがこういった社会的な問題やテーマを扱う作品に出演されるときに、演者として心がけていることはありますか。
宗教の問題や格差、差別みたいな社会問題はともかく、この作品は東日本大震災を起点にしているんです。「あの震災のことを忘れない、ちゃんと記憶に留めておこう」というような始まり方ですから、僕らがこういう作品に出させてもらうことによって、ある種のメッセージのようなものが伝えられるんじゃないかということは、どこかで意識していましたね。
――過去に起こった出来事を作品にして世の中に出すことによって「風化させない」「忘れない」という思いがあるのですね。
僕ら役者は脚本を書いたわけでもないし、特に何かをしたわけではないんですけど、そこに参加させてもらっていることで、微力ながら少しでもそのメッセージ性みたいなものを届ける後押しができるんじゃないかなと思っています。
◇ ◇ ◇
後編では、デビュー当時や出演したドラマの思い出、地元・福岡のおすすめグルメ、最近ハマっていることなど、気になる光石さんの素顔やプライベートに迫ってみたいと思います!
(取材・文/根津香菜子、編集/福アニー、撮影/松嶋愛、ヘアメイク/山田久美子、スタイリスト/下山さつき(クジラ))
【Profile】
●光石研(みついし・けん)
1961年9月26日生まれ、福岡県出身。高等学校在学中、映画『博多っ子純情』(78年)で主演に抜擢されデビュー。イギリス・フランス・オランダで合作製作された『ピーター・グリーナウェイの枕草子』や、第49回ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞した『シン・レッド・ライン』『それでもボクはやってない』など200本以上の映画や、TV、舞台など多方面で活躍。待機作に、12年ぶりの映画単独主演作『逃げきれた夢』(6月9日公開予定)がある。
【Information】
●映画『波紋』
監督・脚本:荻上直子
出演:筒井真理子、光石研、磯村勇斗、津田絵理奈、安藤玉恵、江口のりこ、平岩紙、柄本明、木野花、キムラ緑子
公開日:2023年5月26日(金)