ひきこもり問題に詳しい斎藤環氏

本当に怖いのは“外”ではなく“周囲の目”

 また、次なる大きな誤解として「ひきこもりは、遊んでばかりで日夜ゲームに明け暮れている」とイメージする人が多いというが、これもまったくの間違いであるとか。

「前述の練馬区の事件で、殺害された長男がよくネットゲームをやっていたことで、この印象がさらに強化されたようですが、私が臨床で接してきた人のなかでは、ゲームをやっている人は1割以下でしたね。そもそも、ひきこもりの人たちは、“社会参加できない自分には価値がない”と、自罰的な思いを抱える人が多いんです。

 では、どうしているのかというと、何もできずにぼーっとして過ごす人が多いんです。それだけ聞くと怠惰な印象かもしれませんが、引きこもりの自分には価値を見出せず“なぜ自分は外に出られないのか”“どうすれば働けるようになるのか”“周りに迷惑をかけてしまっている”といったように、自身を責める気持ちが頭を支配してしまうんですよ

“自分なんかが何かに興じることが許せない”とまで思ってしまっているケースも多く、ゲームでもなんでも、“自ら楽しむ”という主体性を回復できるのなら一歩前進で、むしろ好ましい行動だと思います

 さらに「一日じゅう、家から一歩も出られない」というイメージも、正しくないという。

「自宅から出ないほどの人は少数派で、コンビニや図書館によく足を運ぶ人は少なくありません。不思議なことに、自宅付近の外出は不可能でも、海外旅行に出かけるのは平気な人もいるんです。誰も知らない都会の喧騒(けんそう)に紛れて歩くのは大丈夫だとか、コンビニでもレジ担当が外国人のときは買い物ができる、という人も。

 つまり、彼らは自宅の外の世界が怖いのではなく“世間の目”が怖いのです。働いていない自分が恥ずかしい、周りに気づかれたくない。知られたら、責められてしまう……。そんなことを常に考えて、近所の人の視線に怯(おび)え、自分を追い詰めてしまう。もし彼らが怠けているなら、周りと接点のない生活に満足し楽しんでいるはずですが、実際は苦しみ続けている人ばかりなんです

 ひきこもりをめぐる大きな誤解はまだまだある。その原因が甘えや怠慢だと見られやすく、「スパルタ式で厳しくすればいい」「性根を叩き直せば解決する」と考えてしまう人も多いのだ。実際、当事者の家族までもがそう思ってしまい、暴力的自立支援の悪徳業者に依頼をしてしまうケースがある。

“自立支援”と自称して、当事者を無理やりに拉致して寮に軟禁、保護者に高額な料金(着手金で400〜500万円)を支払わせる悪徳業者が存在します。親に対して、“お子さんがこのまま犯罪者になってもいいんですか”と不安を煽り、契約に持ち込むのが常套(じょうとう)手段。

 私はこの業界で有名な施設から、10人の当事者の“救出”を支援した経験もありますが、難しいのは、親元に返すとまた寮に送り返されてしまうこと。本人が警察に駆け込んだとしても、親の意向に従うので、送り返されてしまうんですね。このような事態を防ぐためにも、“スパルタ式で治す”という考え方は、極めて危険なのです