ムチャぶりだらけの
歌番組の生中継現場

 '80年代といえば、歌番組が最も盛り上がっていた時代。各局でいろいろな番組が毎週放送され、生中継やスタジオのセットなども話題になった。そんな番組の常連だった3人の思い出とは?

知美「歌番組の思い出、たくさんありますね」

伊代「本当、ありすぎて覚えてない(笑)」

知美「頭の中で断捨離していませんか?(笑)」

伊代「“やっちゃった”で覚えているのは、デビュー曲の『センチメンタル・ジャーニー』で“もうすぐベストテン”のコーナーに柏原芳恵ちゃんと出たときのことかな。もうすぐ出番ですというときに、私が服にコーラをこぼしちゃって……

結花知美「えぇぇ~~!?」

伊代「確かチェックの衣装だったんだけど、そこにこぼしちゃって。本番直前に“衣装さん、白いブラウスありませんか!”とか周りの大人の人があたふたしていて(笑)。完全に乾かせたのか覚えてないけど、なんとか本番に出られたということがありましたね。大変なことしちゃったな、と反省したことを覚えています」

結花「私は『ベストテン』で(浅香)唯と(中村)由真と一緒に『スケバン刑事』の風間三姉妹として中継で歌わせていただいたときですね。ロケ地が東京の月島で、3人が別々の場所からスタートして歌いながら合流するという演出でした」

伊代「あのとき、生中継でみんないろいろな場所から歌ってたよね」

左から西村知美、松本伊代、大西結花

結花「そうそう。由真がもんじゃ焼き屋さんから、唯が商店街からだったんですけど、私は“下町情緒ある銭湯からです”とか説明しながら男湯の前からスタート(笑)。どうして男湯!? って思いながらですよ。だって、一般の人たちが普通に入っている銭湯で、男湯ののれんをバックに歌い始めるんですから」

知美「すごいシチュエーション(笑)」

伊代「しかも当時、モニターがなくてイヤホンで音を聴きながら歌うときもあったよね」

結花「そうでしたよね。それにギャラリーがいっぱいいらっしゃるから、リハーサルもなくて軽く動きを打ち合わせするだけでぶっつけ本番だったし」

伊代松田聖子さんだってすごかったですよね。新幹線や飛行機から降りてすぐに歌うとか(笑)

結花「そうそう! “聖子さん、もうすぐです!”とかアナウンスされて(笑)。いま思うと、なんであんなことができたんでしょうね」

伊代「すごいムチャだったよね(笑)。私は意外とそういうのはなくて、お店からとか、苗場のスキー場からとか。アクシデント的なものはなかったな」

知美「私、アクシデントじゃないですけど、個人的に思い入れのある中継があるんです」

結花「どんな中継?」

知美「私が小学生のとき、地元の山口県宇部市の公園で郷ひろみさんが歌っていたときがあって。家から車で10分くらいの公園だったんです。なので、父に“すぐ行きたい、連れてって”とお願いしたんですけど、ダメだと。まあ、行けても中継は終わってしまってますけどね」

伊代「でも、スタッフさんはまだいたかもね。ご本人を見られなくても、雰囲気は楽しめたかも」

知美「そうですよね。でも、このことがすごく心残りになっていて、それをスタッフさんにお話ししたら、郷さんが歌った同じ公園で中継をさせていただいたんです

伊代結花「おお~、すごい!」

知美「本当にこれがいい思い出なんです」

伊代粋な計らいですよね。今に比べて番組制作にムチャはあったかもしれないけど、それと同じくらい愛情もあったよね

 思い出話に花が咲いた60分の“同窓会”。アイドルとして輝いた彼女たちの“これから”に注目です!

伊代のひとり言
 10代、アイドルとして活動していたときは、本当に楽しかったし、よかったなと思います。でも、やってきたことで悔いが残っていることもあるから、そこをやり直したいなという気持ちがありますね。何か変化があるのなら、あの時代に戻ってもまたこの仕事をやってもいいかなって思います。これからは……、新しいことを始めると体力を使うので(笑)、マイペースにやっていければいいな。

まつもと・いよ ◎'65年6月21日生まれ。'81年バラエティー番組『たのきん全力投球!』の田原俊彦の妹役として芸能界デビュー。同年『センチメンタル・ジャーニー』で歌手デビュー

結花のひとり言
 デビュー当時、事務所がすごく厳しくて……。タレントさんやスタッフさんたちの誰とも話すな、という感じだったので友達が作れなかったんです。だからすごいストレスの塊だったんですけど、こんなにいろいろなことをさせていただける仕事はほかにないので、あの時代に戻れたら、またアイドルという仕事を選ぶと思います。でも、もう事務所の言うことは聞かないでしょうね(笑)。

おおにし・ゆか ◎'68年7月6日生まれ。'84年ドラマ『家族の晩餐』で芸能界デビュー。'85年『アラベスク・ロマネスク』で歌手デビュー

知美のひとり言
 もしデビュー当時に戻れるなら、やってみたいことがあるんです。それは宝塚受験。20代後半に宝塚にハマってしまったんです。10代に戻れるのなら、受験したいですね。歌も踊りもすべて下手なので合格できないのはわかっているけど(笑)、記念受験でもいいから挑戦してみたいですね。でも、仕事としてはやっぱりアイドルをやりたいなと思います。ただ、歌はやらないかな(笑)。

にしむら・ともみ ◎'70年12月17日生まれ。'86年映画『ドン松五郎の生活』で芸能界デビュー。同年『夢色のメッセージ』で歌手デビュー

(取材・文/蒔田稔)

(週刊女性2020年9月8日号掲載)