53歳には53歳の輝きがある

 現在、53歳の松村さん。人生100歳と言われる時代、マラソンでたとえるならちょうど折り返し地点に来たところだ。健康志向に変わってきた松村さんだが、50歳になったときに心境の変化はあったのだろうか。

「心境の変化は特になかったですね。ただ50歳になったときは、織田信長はもうすでに死んでる年だなあとか思いましたよね(笑)。

 あと、50歳過ぎてから記憶力が落ちてきたなという実感があります。まず人の名前を覚えられなくなりましたね。でも、ドラマ『半沢直樹』のセリフとかは覚えられるので、興味のあるものに関してはまだまだ大丈夫みたいです(笑)」

──人生をもう一度やり直せるとしたら、いつからやり直したいですか?

「一からやり直したいですね(笑)。でも、人生に悔いがないなんて言ったらウソになりますけど、僕は生まれたときにシナリオって、できあがってる気がしてるんです。僕が高校を留年したのも、マラソンで心肺停止になったのも、シナリオができてたのかなあって思うんですよね。いいこともイヤなこともちゃんとシナリオ通りにいくのが、人生なのかなってね」

──松村さんのシナリオに結婚はありそうですか?

「ないような気がしますね。でも、ナイナイの岡村(隆史)くんが“支えられ婚”だったから、僕も“おしゃべり婚”とかあるかな(笑)。ふたりでずっとしゃべり倒す夫婦っていうのも楽しそうですよね。

 岡村くんがまだ独身のときに、『老後はシェアハウスみたいなところで独身芸能人たちと助け合いながら生活するのもいいね』って話してたんですよ。岡村くんも乗り気だったのに、結局、結婚しちゃいましたからね(笑)

──松村さんは山口県出身ですが、将来的に田舎に帰りたいとは思いませんか?

「60歳で山口に帰るのもありですね。まだ芸能界にいてもいいよって言われたら、山口から通ってもいいですし。サラリーマンのように社員でもないし、明日から来るなって言われたら仕事がなくなりますから。

 60歳というのは自分の中ではひとつの区切りと思っているので、60歳までやれたらいいですね。で、60歳までやれたら61歳に向かおうかなと思ってます

「60歳までやれたら61歳に向かおうかなと思ってます」 撮影/吉岡竜紀

──求められたらやり続けますか?

「そうですね。でもわからないですよ、54歳で来なくていいよって言われるかもしれないし、こればかりはわからないですね。本当に使っていただくだけでありがたいですよ。

 僕、今がいちばん幸せなんじゃないかなって思うんです。仕事もあるし、YouTubeもやって、自分の好きなことができてるので、満足してるんです。そういう意味では、今は仕事の意欲も強いし、いろいろと楽しいですね

──これから年齢を重ねていく上で、準備していることはありますか?

「準備というか、マイペースにコツコツですかね。……あ、悪口を書いてるノートとかは、処分したほうがいいかな(笑)。それから、連絡網を作って置いておくのも大切ですね。近所に仲よくさせていただいてるご夫婦がいるので、僕に何かあったときは各所に連絡していただくようにお願いしてます」

──50歳からのほうが、肩ひじ張らずに生きていけそうですね。

「そう思います。50歳を過ぎたらある意味、自由に楽しめる年なんじゃないかなって思います。53歳には53歳の輝きがありますからね。

 50歳ってまだまだ若手だと思うんですよ。“若いという字は苦しい字に似てるわ♪”ってね(笑)。アン真理子さんの『悲しみは駆け足でやってくる』にそんな歌詞がありましたけど。人生100年時代で言えば、僕なんてまだまだひよっこです(笑)」

(取材・文/花村扶美)

《PROFILE》
まつむら・くにひろ/1967年8月11日、山口県出身。A型。大学在学中に『発表!日本ものまね大賞』などに出演し、『FNSスーパースペシャル1億人のテレビ夢列島』で片岡鶴太郎に見出され、1988年大学を中退し上京、芸人の道へ。以後、バラエティ番組やドラマ、ラジオなど幅広く活動。高田文夫のものまね「バウバウ」やビートたけしのものまね、『進め!電波少年』出演(1992年~1997年)で大ブレーク。2009年、『東京マラソン2009』に出場し、急性心筋梗塞で倒れるが、後遺症もなく見事復帰。2020年8月、YouTubeチャンネル「松村邦洋のタメにならないチャンネル」を開設。2020年12月30日、新型コロナウイルス感染を公表し、2021年1月8日、療養先の病院を退院。