なお、この'87年の秋冬は中森明菜『難破船』、森川由加里『SHOW ME』、桑田佳祐『悲しい気持ち』、少年隊『ABC』、光GENJI『ガラスの十代』、南野陽子『はいからさんが通る』などロングヒット作が目白押しだったことで、『北風のキャロル』についてはオリコン最高2位、累計売り上げ11.7万枚と、当時の荻野目の中では地味なセールスだった。

 しかし、筆者が担当するラジオ番組『渋谷のザ・ベストテン』(渋谷のラジオ)で'20年6月、ファンリクエスト投票(総数703票)を実施した際、『ダンシング・ヒーロー』を僅差で抜いて1位となった人気曲である。荻野目の持ち味である出だしの低音から、サビの高音に向かうにつれて、寂しさがこみ上げてくるという構成は、あらためて聞いてみると歌声、歌詞、メロディー、演奏といずれの面においても洗練されている。

まぶしい笑顔の河合奈保子

河合奈保子は「人間ばなれしている」

 さらに、“別格で歌のうまい人物”として、売野からは河合奈保子の名前が挙がった。中森明菜や荻野目洋子と同じく'80年代からアイドルとして活躍し、'80年代後半以降はシンガーソングライターとなった河合に対して売野は、『UNバランス』『コントロール』『唇のプライバシー』『デビュー~Fly Me To Love~』『涙のハリウッド』など、11作ものシングルA面の作詞を手がけている。

 売野の起用は、筒美京平からのプッシュで決まったそうで、売野雅勇が作詞、筒美京平が作曲を担当した最初のシングル『エスカレーション』は、河合のシングルにおいて最大セールス(オリコン最高3位、累計売り上げ約35万枚)を記録した。また、サビの部分で絶叫スキャットの入る『ジェラス・トレイン』や、全作詞:売野雅勇、全作曲:筒美京平で統一したアルバム『さよなら物語』『スターダスト・ガーデン-千・年・庭・園ー』は、名曲・名盤として、音楽をこよなく愛するリスナーの間でも語り継がれている意欲作だ。

 天真爛漫かつ明朗なポップスで一連のヒットを放ってきた彼女に、挑発的な態度を取らせたり、失恋による深い悲哀を歌わせたり、さらには、天使や神の視点での幻想的なシーンを歌わせたりと、売野はそれまでのイメージとは異なる歌詞を多数、提供してきたが、それらはすべて奈保子を信頼していたからだったようだ。

 注釈すると、前出の『スターダスト・ガーデン』は、全体としてリゾート・ポップスのような明るい雰囲気に包まれながらも、さまざまな時代の異国での出来事が描かれている。しかも主人公は、その情景を外から見守っているような描写のものが多い。それを売野は“天使のような視点”と表現しているのだろう。アルバムのラストに収録された『千年庭園』での《人は宇宙(コスモス)の花片(はなびら)》という歌詞を何の淀みもなく歌う奈保子は、確かにアイドル歌手の域を超えている。

河合奈保子ちゃんは歌唱力が圧倒的で、なんでも歌えちゃう。だからこそ、彼女ならではの色が出にくかったのかもしれないけれど、それも彼女の才能だよ。あれだけ歌いあげてもエレガントでいられるなんて、人間ばなれしているよね。だから、彼女には歌謡曲じゃない文芸路線のアルバム(前出の『スターダスト・ガーデン』。'85年3月発売)を書いたんだけど、ああいった天使のような視点を取り入れたものは彼女以外にはできないし、そう簡単に歌いきれない。

 このアルバムは当時、さほど評価されなかったのかもしれない。でもその後、耽美な世界をポップスの中で描くことを極めて、やっと実を結んだのが、10年後くらいに中谷美紀さんに書いた一連の作品(『MIND CIRCUS』『砂の果実』『天国より野蛮』など)。奈保子ちゃんと中谷さんは(歌い方や容姿などが)似ていないようでいて、詞の世界観は互いにとても共通しているんだ。2人も、ファンの人たちも、僕の歌詞の世界を愛してくれたしね。だから、成長のキッカケを作ってくれた奈保子ちゃんには、すごく感謝しているよ。最高のシンガーとしてね

(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)


【PROFILE】
うりの・まさお ◎上智大学文学部英文科卒業。 コピーライター、ファッション誌編集長を経て、1981年、ラッツ&スター『星屑のダンスホール』などを書き作詞家として活動を始める。 1982年、中森明菜『少女A』のヒットにより作詞活動に専念。以降はチェッカーズや河合奈保子、近藤真彦、シブがき隊、荻野目洋子、菊池桃子に数多くの作品を提供し、80年代アイドルブームの一翼を担う。'90年代は中西圭三、矢沢永吉、坂本龍一、中谷美紀らともヒット曲を輩出。近年は、さかいゆう、山内惠介、藤あや子など幅広い歌手の作詞も手がけている。