パナソニック株式会社の創業者であり、「経営の神様」と呼ばれる実業家の松下幸之助さん。

 そして、本業よりも、タレント業のほうで人気になった漫画家の蛭子能収(えびすよしかず)さん。

 かたや、伝説的な大経営者、かたや、ギャンブル好きのマイナー漫画家。

 一見、正反対な2人ですが、実は、意外な共通点があるのをご存じでしょうか?

 それは、若き日に「ある行動」をとったことなのです。

15歳のとき、路面電車に衝撃を受けて

 それではまず、松下幸之助さんから。

 松下さんは、父親の事業の失敗によって、9歳のときに小学校を中退して奉公(ほうこう)に出たそうです。

 それは、2軒目の奉公先である自転車屋さんで働いていたある日のこと。

 15歳になっていた松下少年は、配達の途中で、大阪にできたばかりの路面電車を目撃して、衝撃を受けました。

「これからは電気の時代になる!」と直感したのです。

 その日以来、路面電車を見るたびに「電気にかかわる仕事がしたい!」という思いが高まっていきます。

 しかし、自分の立場は、自転車屋で働く奉公人。恩義がある自転車屋さんに対して「辞める」とは言い出しにくい。

 考えに考えた末、松下少年がとった行動。それは……。

 人に頼んで、自分あてに「ハハ、ビョウキ」というニセの電報を打ってもらった!

 この電報を奉公先の主人に見せて、自転車屋さんからの脱出に成功。そのまま、大阪電灯という会社(現、関西電力)に就職してしまったのです。

 のちに、自転車屋さんのご主人に、お詫びと「奉公を辞めたい」という内容の手紙を送っていますが、それにしてもすごい行動力。

 その後は、自分が開発した電気のソケットを会社がまったく評価してくれなかったため、21歳のときに退職して独立。「世界の松下」への道を歩むことになるのです。

就職して数日で看板屋さんの仕事が嫌に

 続いて、蛭子能収さん。

 蛭子さんは、故郷・長崎県の高校を卒業してから、すぐに看板屋さんに就職しました。

 商業高校で、美術部に所属し、グラフィックデザインを勉強していましたから、その知識を活かせると考えたのかもしれません。

 しかし、実際には、就職してから2、3日もすると、看板屋さんの仕事が嫌になったそうです。

 看板屋さんは、社長と蛭子さんの2人だけ。蛭子さんの主な仕事は、看板の枠(わく)を作ったり、トタンを張ったり、そのトタンに白ペンキを塗り、はしごを使って看板を取りつけたりで、5年間働いたものの、文字を書くところまではいきませんでした

 蛭子さんの心の中では「東京に出て、グラフィックデザイナーか、映画監督か、漫画家になりたい」という思いが、日々、募っていったのです。

 そんなある日のこと。大阪で万国博覧会が開催されることを知った蛭子さん。看板屋の社長にこう言います。

「万博を見たいので休みを取りたいのですが……」

 気のよい社長は「そうか、それはいいことだよ。5日間くらい休みを取ってゆっくり見てきなさい」と言ってくれました。

 しかし、実はこの蛭子さんのお願いは、東京に行くための真っ赤なウソ。

 まんまと仕事を休むことに成功した蛭子さん。看板屋さんへ戻ることはなく、そのまま、上京してしまったのです。

 東京に出てからは、アルバイト漬けの日々でしたが、27歳のときに出版社に持っていった漫画が「入選」。それをきっかけに漫画家としてデビューを果たしたのでした。

若き日の2人に共通した「行動」とは?

 松下幸之助さんと蛭子能収さん。この2人の意外な共通点。それは……。

 自分の夢を追いかけるために、ウソまでついて現状を打破したこと!

 蛭子さんにいたっては「自分が東京へ行くと、母親がひとり暮らしになってしまうこと」が気がかりでしたが、「ごめん母ちゃん。俺、どうしても東京に行きたいんだ。行ったらもう長崎には帰ってこないけど、この決心は変わらない。母ちゃんは家でひとりになってしまうけど許してね」と伝えたそうです。

 母親はすべてを許してくれましたが、ずいぶんと良心の呵責(かしゃく)があったと言います。

 しかし、それでも、夢を追いかける道を選んだのです。

 何かやってみたいことがあるのに、現状がそれを許さないとき。

 自分をとらえて離さない檻(おり)を壊すためには、多少のウソは「あり」なのではないでしょうか?

 それはもう、ウソではなく、自分の道の第一歩を踏み出すための「方便」です。

 その「方便」が、たとえ、自分を信じてくれている人を一時的に裏切ることになっても、良心の呵責があったとしても、自分の人生にウソをつき続けるよりはいいのではないかと思うのです。

 最後に、蛭子さんの名言。

「看板屋さんの主人には迷惑をかけたけど、小さな迷惑なら一生に5回くらいはいいと思っている」

 5回という回数はともかく、「他人に気を遣って、自分のやりたいことを封印してしまう」ことを考えれば、おおいに共感できると思うのですが、いかがでしょう?

(文/西沢泰生)

【参考:『一冊でわかる! 松下幸之助』PHP総合研究所編著/『松下幸之助 その凄い! 経営 完全版』中島孝志著 ゴマブックス/『おぼえていても、いなくても』蛭子能収著 毎日新聞出版)】