いまだにおならも聞いたことない
夫が定年退職して1日中自宅にいるようになり、関係が悪化する熟年夫婦は少なくない。最近ではコロナ禍でテレワークが増え、若い夫婦の間でも似たような現象が起こっているという。夫婦がうまくいく秘訣(ひけつ)をたずねると「ずばり、距離を保つことね」と断言。
「狭い家でも、心の距離は保てるのよ。安心してすべてさらけ出せるのが夫婦だ、なんていうけど、本当にそうかしら。お互いにだらしない格好を見せ合いながら暮らすと、逆に疲れてしまうんじゃないかと思うのよ。
神津さんって人はいい意味で気取り屋で(笑)、60年以上一緒にいるけど、私の前で着替えたことすらないの。ましてパンツ一枚でウロウロするなんてもってのほか。いまだにおならも聞いたことないもの!」
夫婦ともに仕事も落ち着いて家にいる時間が長くなったが、それでも顔を合わせるのは1日3時間程度だそう。
「寝室は一緒だけど、朝食をとったら、夫は夕方までひとりで自室にこもってます。仕事に読書にいろいろだと思うけど、干渉しない。もともとふたりともすごく小食だから、昼食は食べないことが多いわね。私はリビングで、昔の映画を見たり、読書したり、2匹の猫と話したり、ひとりでのんびり。
私のほうは夫ほどきちんとした人間じゃないから、ソファで寝っ転がったりもするわよ。でも、珍しく夫がお茶を飲みにリビングに来たりすると、あわててパッと起き上がったり(笑)。いくつになっても、そういう線引きって大事だと思う」
80歳を過ぎてからも神津さんの完璧ぶりは変わらず、驚いたことがあったという。
「夫は車の運転が大好きなの。レースに出たいというほどで、一時期はスポーツカーしか乗らなかった。そんな彼が、元気なうちに免許を返納するといって、ある日スパッと運転をやめちゃった。もし僕が何か事故を起こして、家族に迷惑がかかったら大変なことになるからって」
家族のために好きなことをやめる潔さ。そんな夫の姿を見ながらメイコさんは「私なんて……」と、こんなエピソードを続ける。
「お酒を飲むのが好きだから、コロナ禍でも行きつけのお店をのぞいて、ウーロン茶のふりしてこっそりお酒出してよ、なんて言っちゃうほうなのに。もちろん冗談だけど(笑)」
今もお互いを思いやる、仲睦(むつ)まじい夫婦ぶりをうらやましがる声も多いが、
「長い夫婦生活、離婚を考えたことだってあったわよ! 若いころはケンカをして、家を飛び出したりもしたわね。橋の上で泣いていたら、自殺と間違われたこともあったっけ(笑)。夫はずいぶんモテたから、浮気をしていないとも言い切れない。でもね、嫌になったときも、ほかの男に比べたらまだこいつのほうがマシかって思えて、ここまできたのよ(笑)」
近所に住んでいる2人の娘、作家の神津カンナさん、女優の神津はづきさんとも、よい距離感を心がけている。
「会うのは数か月に1度くらい。仲がいいですねってよく言われるけど、親子べったりっていう感じではないの。
人って、もともとひとりで生まれてくるでしょう。生まれたときから人間はひとりで、それぞれ個人の権利をもっているということを忘れてはいけないと思うの。だから、夫婦だろうが親子だろうが、個人を大事にして、ある程度の距離を保ったほうがうまくいくんじゃないかしらね」
友達がいなくても孤独を嘆く必要はない
友人関係においても、同じような考えを持っている。幼いころから仕事が忙しく、ほとんど学校に通えなかったメイコさんは、もともと同年代の友人が少ない。
「この年になると、お友達を亡くしてさみしいって人もいるわよね。そもそもお友達がいないなんて悩みも聞くけど、友人ってそんなにたくさん必要かしら。私はひとりが嫌いじゃないし、3人の子育てをしているときも、いわゆるママ友ってできなかったわね。
いまだに街中で、ママ友同士でランチや買い物をしている様子にびっくりすることがあるの。こんなことまで話すの? ここまでべったり付き合えるなんて、すごいわねって(笑)。たまにお友達と楽しく語らうのも、大事な時間だとは思う。でも、孤独を嘆く必要もないんじゃないかしら。ひとりって楽しいわよ」
そんなメイコさんが「芸能界でたったひとりの親友」と語るのが、’89年に亡くなった美空ひばりさんだ。
「泊めて」といきなり自宅をたずねてきたひばりさん。「美空ひばりはいつでもセンター!」と、神津夫婦のベッドの真ん中に陣取り、3人で川の字になって寝るハメになったなど、楽しい思い出は尽きない。
「ひばりさんが亡くなったことは、人生でいちばん大きなショックでした。いまでも、彼女ならこんなときどう思うかしら? なんて考えることはしょっちゅうだし、歌を聴いたら涙が出るし……。でも、心の中にそういう友達がいるだけでも、幸せだと思うのよ。それに、死ぬのが怖くなくなったの。だって死んだらまた彼女に会えるんだもの」
米寿を前にこれからやりたいことをたずねると「そんなのもうないわよ!」と笑う。
「趣味もないし、美容や健康のために何かやってるわけでもないし、もうなんにもないない(笑)。でも、お姫様も、青果店のおばちゃんも、芸者さんも、役でぜーんぶ経験させてもらったから、十分満足よ」
周りにいる人を楽しませるやわらかさがありながら、年齢を重ねてもひとりの女性としてしっかりと自立している彼女。凛(りん)とした87歳の笑顔が、美しく輝いて見えた。
《PROFILE》
なかむら・めいこ ◎1934年5月13日生まれ。2歳のとき『江戸っ子、健ちゃん』で映画デビューし、天才子役として注目される。昭和を代表するスターたちとも親交があり、日本の芸能・放送史を知るうえで貴重な存在。近著に『大事なものから捨てなさい』(講談社刊)。
(取材・文/植木淳子)