飛行機の窓の外で起こった“奇跡”

 2012年にはブロードウェイで開催された15周年記念公演に日本代表キャストとして出演。世界6か国のラフィキたちとともに舞台に立ち、日本語でビッグナンバー『サクル・オブ・ライフ』を歌っている。

「各国のラフィキたちは、みんなキュートでパワフルで母性にあふれていました。英語の会話に私が置いていかれないように気遣ってくれたり、みなさんがすごくよくしてくれて……。やっぱりラフィキを演じる“同士”の精神というものがあるんですよね

 奇跡が起こったのはその帰路。飛行機の中で思いがけない光景を目にしたという。

渡米の前に父を亡くしたんです。父が見に来ていたら喜んだだろうなと考えていたら、涙が止まらなくなってしまった。CAさんに“どうかなさいましたか”と聞かれ、“実は……”と話したら──」

 CAの「窓の外を見てください」の声に従い、目を向けたとき、

オーロラが見えたんです。CAさんいわく“私たちはこの便に何回も乗っているけどこんなことは初めて”って。窓の外のオーロラは、まるで作品のワンシーンのように広がっていました。これはきっと『ライオンキング』が見せてくれたんだと、そうとしか考えられませんでした。

 大切な人を亡くすという経験を経て、私自身作品に対する考えがより深まっていきました

プライドランドを治める、王の最初の子どもの誕生の儀式を行う、呪術師のラフィキ(c)Disney撮影/上原タカシ

 生命の連環や親子の絆と、作品に流れるテーマは深い。またラフィキは呪術師としてその象徴的な役割を担う。

舞台はアフリカですが、日本でいうなら神事に仕える巫女(みこ)のようなもの。作品を貫くテーマは日本人ならではの死生観に共鳴するところがあると思います。浅利先生が書かれた訳詞にもそれが表れていて、この世界観が私は大好き。エルトン・ジョンが作曲した『サークル・オブ・ライフ』などの素敵な楽曲と相まって、本当に素晴らしい作品だと思います」

 入団して42年。劇団でも大ベテランの存在だが、「またラフィキに選んでいただいた。キャスティングされて本当にありがたい」と真摯(しんし)な姿勢で舞台に臨む。彼女にとって舞台とは何なのか、そこに立ち続ける理由とは?

やっぱり舞台に取り憑(つ)かれちゃったんですよね。役者はもちろんスタッフもみんなそう。人の役に立ちたいと願い、そして生きていて、舞台でお客さまに気持ちが届いたと思える瞬間がうれしい。だから舞台はお客さまがいないと決して始まらない。

 劇場というのは同じ場所で同じ何かを味わい、互いに敬意を払い合う空間だと思っています。私たちもアウトプットするだけでなく、お客さまからインプットさせてもらえる。それで“よし、明日も頑張ろう!”って思えるんです

『ライオンキング』の上演回数は国内演劇史上最高記録を誇り、今なお新劇場で日々更新を重ねている。この記録ははたしてどこまで続くのか。

「私自身は1日1日必死で生きてるだけで、明日のことはわからない(笑)。でも作品はこの先もきっと続いていくと思います。だって、優秀な後輩たちがたくさんいますし。

 お客さまも、小学生のときに初めて見にきて、大きくなって彼女と一緒に見て、今度は父親になって子どもを連れて見にきた──。そんな作品なんです。今はただ『ライオンキング』という素晴らしい作品をひとりでも多くの方に見ていただきたいです。この作品を、もっと長く残していきたいという思いで、日々舞台に立ち続けています」

(取材・文/小野寺悦子)

《PROFILE》
青山弥生 ◎1981年『嵐の中の子どもたち』で初舞台を踏む。『ライオンキング』『キャッツ』『マンマ・ミーア!』などに出演し、幅広い役どころを演じ分けている。