1986年にバンダイさんから発売されたファミコン用ソフト「キン肉マンマッスルタッグマッチ」は言わずと知れた超有名懐ゲーです。
その理不尽とも言えるゲームデザインが、発売から35年たった現在でも話題にのぼる、懐ゲーの金字塔的作品です。
ブロッケンJr.の毒ガス攻撃が強すぎる。
ミートくんが全然、味方してくれない。
主人公であるはずのキン肉マンの性能が今ひとつ。
などなど理不尽な点が取り上げられることが多い作品ですが、実はこの作品、後世のゲーム史にものすごく大きな影響を与えたパラダイムシフトを起こした作品でもあったのです。
このゲームは超人たちが戦うプロレスゲームです。
プロレスというスポーツを題材にしている以上、プロレスのルールがゲームのルールになります。
当時存在したスポーツゲームはキャラクターの性能に大きな差がなく、どのキャラクターを選択してもプレイヤーの腕前が勝敗にいちばん大きく左右するようにデザインされたものがほとんどでした。
スポーツゲームの根底には「キャラ平等の精神」があったのでしょう。
しかし、この「キャラ平等の精神」をミートくんばりに木っ端みじんにしてくれたのが「キン肉マンマッスルタッグマッチ」でした。
問題となるのは必殺技性能です。
キン肉マンは相手のバックをとらないと必殺技が出せないのに、ウォーズマンやラーメンマンは遠距離から相手向かって飛んでいきます。必殺技を当てる難易度が格段にやさしいのです。
それだけでも大きなキャラ差が生まれているのですが、問題の超人がまだいます。
ブロッケンJr.です。
彼の性能は別の世界線からやってきたかのような異次元の強さです。
毒ガス攻撃と呼ばれる必殺技はなんと飛び道具で、キャラクターの位置に関係なく、ボタンを押せばほぼ当たります。そのうえ当たると痺(しび)れる効果がついているため連続で毒ガスを当てることができます。
悪魔超人代表で出場しているアシュラマンとバッファローマンが足元にも及ばない悪魔的性能のこの技ですが、そもそもブロッケンJr.は原作で毒ガス攻撃を必殺技にしていないし、何より毒ガスがなぜか固形のどら焼きみたいな形をしているなどツッコミどころ満載です。
プロレス技の応酬で体力を削り合い、必殺技で形勢逆転を図る、というのがこのゲームの遊び方でしたが、ブロッケンJr.に関しては遊び方がまったく異なります。
玉取ってガス吐けばだいたい勝てる。
それゆえブロッケンJr.は日本各地で禁じ手扱いになり、対戦相手の合意なくブロッケンJr.を選択するプレイヤーは悪魔超人以上の悪魔と呼ばれ、忌避されたのでした。
さて、話を戻しますが、パラダイムシフト的な要素というのはこの「キャラ差」です。
キャラクターの性能は勝敗に大きく影響せず、あくまでプレイヤーの腕前が勝敗を決めるべき、という概念がブロッケンJr.のどら焼き、もとい、毒ガス攻撃に壊されたのです。
このパラダイムシフトが大きく影響を与えたと思われるのは、プロレスゲームはもちろんですが、現在eスポーツとして脚光を浴びる格闘ゲームでしょう。
キャラ差を大胆に設定することで、個性的な性能のキャラクターが生まれ、いろんなタイプのゲームが登場しました。ブロッケンJr.くらいの差があってもプレイヤーはその差を埋める攻略の努力をするし、何よりその格差を楽しんでくれるのです。
個性的なキャラクターがたくさん登場する百花繚乱(ひゃっかりょうらん)な対戦ゲームの地平を開いてくれたのが「キン肉マンマッスルタッグマッチ」であり、ブロッケンJr.であり、毒ガス攻撃であり、どら焼きでもあると言えるのです。
あの日、ブロッケンJr.を使って友達とケンカしてしまった人も、今はいい大人になっています。
パラダイムシフトは素晴らしいことですが、家庭や職場での毒ガス攻撃はほどほどにお願いします。
(文/野中大三)
《PROFILE》
ゲームとプロレスをこよなく愛するコラムニスト兼ドット絵師。電子玩具開発を経て、株式会社カプコンでテレビゲームのプロデューサーを務め、オリジナルタイトルや人気シリーズタイトルのプロデュースを手がける。現在も電子ゲームの開発に携わっている。35年にのぼるプロレス観戦歴とゲームプレイ歴の経験から日本最大のプロレス団体、新日本プロレスオフィシャルサイトでコラム「ゲーム的プロレス論」を連載中。プロレスラーをドットで表現する「dotswrestler」をTwitterで公開中。