ホームパーティーで夫は出世したが
皮肉なことだが妻の飯がまずくて離婚の危機にある夫婦と真逆に、「妻の飯が美味しすぎて夫が離婚してくれない」という妻の悩みもある。
通信機器メーカーに勤務する百合さん(仮名・47歳)は2児の母親。15年前に結婚してすぐに夫と離婚したくなったと当時を振り返る。
「私は母親譲りの料理上手で、夫と付き合う前にも、ほかの男性から褒められました。夫も料理上手の私と出会ってすぐにプロポーズ。周囲から私が胃袋をぎゅっとつかんだから、一部上場企業の優秀な男性と結婚できたと羨(うらや)ましがられました」(百合さん、以下同)
だが百合さんは1年もたたないうちに、結婚を後悔したという。
「週末になると、夫が会社の人や自分の友達を招いては、ホームパーティーをやるんです。そのたびに私は料理当番。夏休みはなんと1週間毎晩パーティーで、くたくた。共働きだったので、土日はゆっくりとしたかったのに……」
しかし、パーティーがきっかけで夫は上司と親しくなり、重要なプロジェクトのメンバーに抜擢(ばってき)されるなど、ホームパーティーが出世に重要な意味をもっていたのだ。百合さんは「やめたい」と言えなくなったという。
平日は共働き、土日のどちらかは夫のホームパーティーのための料理担当。週6日働く百合さんの疲労はピークに達し、その年の暮れにとうとう倒れてしまった。
「そのころ、すでに離婚を考えていました。私の父は、娘を出世の道具に使うなんてと激怒しましたが、夫のプライドを傷つけると離婚もうまくいかないと思って、父に夫婦で話し合いをさせてほしいと頼みました」
夫に過労の原因を伝えると、
「一緒にパーティーを楽しんでくれていたと思っていたよ」
夫の無神経さに限界を感じた百合さん。離婚を切り出すと、意外なことに「百合以外の人の料理を食べたくない」と態度が一変。
「夫は平謝りに謝って、ホームパーティーをやめて結婚生活をやり直したいと反省してくれて。そんな夫の熱意に押されてしまい、離婚は取りやめになりました」
2年後に子どもが生まれ、百合さんが子育てに専念したいと退職。すると夫は高校の後輩の女性がオーナーのワインバーに通うようになったという。百合さんは「浮気したら離婚する」と、ときどき夫に宣言しているせいか、今のところ浮気の兆候はない。
浪費&不倫の夫だが妻の料理は手放さない
こういった「妻の料理が上手すぎて離婚してくれない夫」は、中高年の世代にも多く見られる。パートから契約社員に昇格したアパレル会社勤務の理恵さん(仮名・52歳)は、2人の息子が社会人になってから、夫(58歳)に離婚届を差し出した。
「離婚を決めたのは10年前ぐらい。原因は夫の浪費と浮気です。見栄っ張りの夫は、後輩や会社の部下だけでなく、近所のボウリング大会で一緒だった若い女性たちにおごってばかり。生活費を入れないこともあって、そのたびにやりくりをしてきましたが、息子の彼女ぐらいの若い女性と浮気したことがわかって、キレました」(理恵さん、以下同)
それから10年間。パート代を貯金し、離婚後の生活に備えて頑張ってきたかいがあって、正社員になる夢こそ叶(かな)わなかったが、契約社員として責任あるポジションを任されたという。
「やっと離婚できると喜んでいましたが、夫が承諾してくれません。理由は私の料理がヘルシーで美味しいからだというのです」
次男が小さいころにアトピーになってから、理恵さんはヘルシーで子どもが美味しく食べてくれる料理を作り続けた。結果的に夫の健康も維持されていたのだ。
「夫の同級生たちのほとんどががんや心筋梗塞、高血圧など、生活習慣病を患っていますが、夫は少し血圧が高いだけで、降圧剤も飲んでいません。健康維持は私の料理のおかげだと感謝し、絶対に離婚しないと言い張るのです」
夫は息子たちに泣きついて一緒に理恵さんを押しとどめようとしたが、夫の感謝の気持ちは遅すぎた。理恵さんは夫が離婚届に判を押さないなら、家を出ていく覚悟だ。
たかが食事、されど食事。食べるという“口の相性”を甘く見ていると、思いもよらぬところでつまずく人生もあるのだ──。
(取材・文/夏目かをる)