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2番手が長かった宝塚時代に「とある決心」をし舞台に没頭していたら──

 子ども時代、ピンク・レディーを見て歌手に憧れ、よく箒(ほうき)をマイクにして、みんなの前で歌っていました。バレエも始めて、「将来は歌って踊る仕事がしたい」と思っていたところ、宝塚という理想的な世界があることを知り、バレエの先生からのすすめもあって、宝塚音楽学校を受ける準備を始めました。

 宝塚音楽学校の受験のチャンスは、中学3年から高校3年までの4回だけなのですが、3回続けて落ちてしまい、「さすがに4回目はない」と諦めようとしました。一緒に受験のためのレッスンを受けていた子たちが合格していく姿を見ては、「自分には何が足りないのか」と毎回かなり落ち込んでいたのですが、父親に励まされて最後の受験に踏み切りました。そして最後のチャンス、4回目の試験で合格できました。

 ぶじに卒業し、'91年に宝塚歌劇団に入ってからも紆余曲折、試練の連続でしたね。入ったときからトップを目指していたのですが、身長167センチは男役としては小さいほうなので、いかに大きく見せるか、常に悩んでいました。かなり踵(かかと)の高い靴をはいて舞台に出ていましたが、安定しないのでターンがうまくできないし、踊りも、かえって縮こまってしまい、さらに小ぶりに見えてしまう。

 そんなころ、雪組から星組へ組み替えになったのですが、当時の星組は170センチ以上ある、背の高い男役が占めていました。その中に背が低めの私が入るのは「イメージが違いすぎる」と困惑しながらも、なすすべもなく、焦るばかり。でも、'00年に主演させていただいた『花吹雪 恋吹雪』で石川五右衛門を演じたときに、今までの自分では無理だと思っていたことにチャレンジして、新しい男役像に目覚めたんです。

 男らしさを追求する、いわゆる「キザる」という宝塚男役の伝統をもっとも得意とする星組にいながら、当時の私にはその技術がなかった。それに気づき、「キザってなんぼ」という星組のカラーを踏襲しようと、心がけるようにしました。やってみたらこれが快感、2番手時代に主演した『コパカバーナ』という作品のリコ・カステッリ役など、いわゆる“男くさい役”の面白さに気づいたんです。

 新人のころには、早い段階でチャンスをいただいてはいたのですが、トップスターになれるかどうかわからないまま、ずっと2番手の位置にいました。でも、だんだんと「トップを目指すことはもう諦めよう、それより、必要とされる役者になるために精進していこう」と考え方を改めたんです。その後、'03年に2番手で挑んだ『王家に捧ぐ歌-オペラ「アイーダ」よりー』ではタイトルロールのアイーダで女役に挑戦して高い評価をいただくなど、舞台に没頭する日々が続いていたところ、入団16年目のある日、トップスター就任のお話をいただきました

 トップになったときの大劇場お披露目公演『さくら/シークレットハンター』で、最後に大階段の上に立って客席を見わたしたときには、ファンの方々が涙を流して喜んでくださっている光景が目の前に広がり、感激もひとしおでした。

 それからは、'08年にフランク・ワイルドホーン氏作曲のブロードウェイミュージカルを小池修一郎先生が潤色・演出した作品『スカーレット・ピンパーネル』で菊田一夫演劇賞の演劇大賞を受賞することもできましたし、ずっとやってみたいと熱望していた『赤と黒』など文学作品もやらせていただけて、充実した時代でした。

 '09年に退団し、'19年には芸能生活30周年を迎える節目として、本籍のある韓国でチャリティーコンサートを開き、 '01年に東京・新大久保駅のホームから転落した日本人を助けようとして亡くなった留学生、イ・スヒョンさんの遺志を継いで設立された奨学会に収益金を寄付することもできました。韓国でのコンサートはその後も定期的にやりたいと計画していたものの、コロナ禍でなかなか開催できなくなってしまいましたが、ぜひ続けていきたい活動です。

 でも、国内ではコロナ禍でも、出演する公演が一部をのぞいて中止になることもなく、その点においてはラッキーでした。まだまだ、いつ中止になるかもわからない危機感の中で頑張っている共演者の姿を見ては、「ますます気を引き締めていかなければならないな」と気合いを入れ直しているところです。

予想外に展開していくストーリーをぜひ楽しんでいただきたい

『血の婚礼』の東京会場であるシアターコクーンの空間が好きで、この舞台に立てることはこの上ない喜びです。今回のお芝居には最適なサイズですし、舞台美術や衣装などビジュアル的にもおしゃれな中、重い題材ではあるのですが、生演奏とセリフが軽いタッチで絡み合いながら物語が進んでいきます。

 スタッフの中に殺陣の先生が入っていることを知り、「誰が立ち回るんだろう」と思っていたら、“花嫁”と、“花婿の母親”、つまり私だったんです。舞台にまかれた土の上で女同士の激しい戦いが繰り広げられるという、自分でもどんな展開になるのか楽しみなシーンもあります。

 シリアスな戯曲だと思って観に来ていただいた方には、「あれ、ちょっと考えていた感じと違う」と、いい意味で期待を裏切る作品だと思いますし、「重くて暗そうなストーリーは、今はちょっと……」と躊躇している方にも予想外に展開する舞台をお観せできるかと思いますので、その意外性をぜひ楽しんでいただければ、と思っています。

安蘭さんが『血の婚礼』で見せる新たな母親像に、大いに期待!

(取材・文/Miki D'Angelo Yamashita )


【PROFILE】
安蘭けい(あらん・けい) ◎滋賀県出身。'91年、宝塚歌劇団(第77期生)へ首席で入団。'04年、『第25回松尾芸能賞』で新人賞を受賞し、'06年11月、星組男役のトップスターに就任する。'09年に宝塚歌劇団退団後は、同年に『The Musical AIDA』、'12年『アリス・イン・ワンダーランド』、'17年『白蟻の巣』、'20年『サンセット大通り』など、舞台やミュージカルを中心に出演。'21年には芸能生活30周年を記念してコンサート『AVANCE』を開催した。'23年1月からは、ミュージカル『キングアーサー』に出演予定。

《出演情報》

◎舞台『血の婚礼』
原作:フェデリコ・ガルーシア・ロルカ
翻訳:田尻陽一/演出:杉原邦生/音楽:角銅真実、古川麦
出演:木村達成、須賀健太、早見あかり、南沢奈央、吉見一豊、内田淳子、大西多摩恵、出口稚子、皆藤空良、安蘭けい ほか

【東京公演】
2022年9月15日(木)~10月2日(日)/会場:Bunkamura シアターコクーン
【大阪公演】
2022年10月15日(土)・16日(日)/会場:梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ
※公演詳細やチケット情報は公式HPにて→https://horipro-stage.jp/stage/chinokonrei2022/