元宝塚歌劇団の星組トップスターで、退団後も舞台を中心に活躍し続けている安蘭けいさん。2022年9月、10月に東京と大阪で上演される、スペインを舞台にした官能的な悲劇『血の婚礼』では、結婚を控えた息子を溺愛する母親役を演じます。人間の愚かさや情熱を描いた本作にかける強い気持ちや、宝塚時代、トップスターになるまでの苦悩などについて、お話を伺いました。
演じるのは“究極の強さを持つ母親”。自分なりの解釈を演出家に提案中
宝塚を退団してからもミュージカルの舞台に立つことが多いのですが、宝塚時代から“リアルなお芝居”が好きで、ストレートプレイ(セリフに歌唱を含まない、ミュージカルやオペラ以外の一般的な演劇)にも「いずれ出てみたい」と、ずっと思っていました。今回出演する『血の婚礼』は、ロルカ(スペインの劇作家、フェデリコ・ガルシーア・ロルカ)による戯曲で、久しぶりのストレートプレイに挑みます。
’11年に上演された、蜷川幸雄さん演出の『血の婚礼』は観に行きました。これは清水邦夫さんがロルカの『血の婚礼』をもとに創作された作品ですが、当時は会場で約90分間、ほぼ全編にわたって舞台に雨が降り続ける演出の印象があまりに強くて、物語自体はそれほど記憶になかったんです。でも今回、改めて台本を読んでみたら、散文と韻文が入り混ざった詩的なセリフや普遍性のある物語が興味深く、出演させていただきたいと思いました。
舞台は、スペインのアンダルシア地方。ひとりの女をめぐり、男ふたりが命をかけて闘う、という物話で、須賀健太さん演じる“花婿”の母親を演じます。溺愛するこの次男が、早見あかりさん演じる“花嫁”と結婚することになり、息子の旅立ちに複雑な想いを抱いているのですが、結婚式に木村達成さん扮する花嫁の元カレ・レオナルドが乱入してくるという事件が起きます。その男は昔、夫と長男を殺した一族の人間だったんです。
今、台本読みが終わり、第1幕の立ち稽古の真っ最中です。暗くて重いストーリーなのに、現場には笑いも多くて和みますね。そんな中、今回の母親役は強く激しく演じようと、役作りに力を入れています。
“花婿の母親”は、これまでに出会ったこともないような、とにかく強烈なパンチ力を発揮するキャラなんです。土地の因襲や血筋に強くこだわっていて、息子や花嫁に対しても、すべてを牛耳る。農場経営者ならではのたくましさも相まって、なにしろ男っぽく、乱暴な口調で語尾がきつい。夫も長男も殺されてしまい、愛する次男のためだけに生きているのに、最後はその残された息子さえも死んでしまう。それでも立ち上がり、生きていく。「実は、誰もそばにいなくても生きていけるんじゃないの」とびっくりするほど、究極の強さを持つ女性です。
とはいえ、マザコンにさせてしまうくらい息子を溺愛しているので、最初は優しい母親像をイメージしていたのですが、稽古を進めていくうちに「これは方向転換が必要だ」と気づき、試行錯誤している最中です。最後まで通したところで、“花婿の母親”のあり方や、それぞれの役との力関係もはっきりしてくるかと思います。
上演台本は、スペイン演劇の第一人者・田尻陽一さんによる新訳ですが、私のセリフの語尾が「〜なのよ」ではなく、「〜だよ」とか「〜さ」という断定的な口調で、すごく熱く話す女性として描かれています。口調のキツさに、この女性の強さがいっそう表れていて、誰もがひるむくらいのインパクトがあるんですよね。母親役は経験が豊富なのですが、今回演じる母親像を解釈するには苦労もたくさんあり、演出の杉原邦生さんに自分なりの提案をしているところです。
『血の婚礼』は「現代でも起こりうる、現実的な話」だと気づいた
『血の婚礼』は、これまで各国で何度も上演されてきた歴史があり、演劇好きにはファンも多い著名な戯曲です。だから「しっかり取り組まなければ」と思う一方、「ドロドロした重いストーリーで、硬い印象もあるこの戯曲をなぜ今、上演するのか」という思いもあり、プロデューサーにも尋ねたんです。話をしてみると、「これは現代でも起こり得る現実的な話なんだ」と気づきました。殺すまではいかなくても、結婚するときに元カレや元カノが出てきて「結婚やめました」というケースはありえますよね。「普遍的な人間ドラマとしてリアルに伝えられるのではないか」と思うと、役者としてのやりがいを、より感じられる作品です。
演じる際には、シェークスピアの悲劇のような重々しさを表現するほうがいいのかな、とイメージしていたのですが、生演奏が入る演出などエンターテインメント的な要素も多く、私が最初に考えていたよりライトな感覚で観ることができるような仕掛けもたくさんあるんですよ。舞台美術は建築家の方が担当していて、床が土になっていたり、演者が壁を壊していったり、道具が上から落ちてきたりと、想像もできないような大胆な舞台機構が楽しめます。
これまでに、イプセンの『幽霊』やブレヒトの『マン イスト マン』など「ザ・戯曲」といえるシリアスな作品にも出演していますので、今回もそうした戯曲らしい作品を予想していたのですが、杉原さんの演出がおしゃれでモダン。音楽は、生演奏の癒やされる曲調にのせて、詩人でもあるロルカの抒情的な韻文が心地よく響きます。大量のセリフと格闘していますが、シェークスピアのような言語的豊かさや、人物像の繊細さもあり、硬軟入り混じった魅力もある一作だと感じています。
2番手が長かった宝塚時代に「とある決心」をし舞台に没頭していたら──
子ども時代、ピンク・レディーを見て歌手に憧れ、よく箒(ほうき)をマイクにして、みんなの前で歌っていました。バレエも始めて、「将来は歌って踊る仕事がしたい」と思っていたところ、宝塚という理想的な世界があることを知り、バレエの先生からのすすめもあって、宝塚音楽学校を受ける準備を始めました。
宝塚音楽学校の受験のチャンスは、中学3年から高校3年までの4回だけなのですが、3回続けて落ちてしまい、「さすがに4回目はない」と諦めようとしました。一緒に受験のためのレッスンを受けていた子たちが合格していく姿を見ては、「自分には何が足りないのか」と毎回かなり落ち込んでいたのですが、父親に励まされて最後の受験に踏み切りました。そして最後のチャンス、4回目の試験で合格できました。
ぶじに卒業し、’91年に宝塚歌劇団に入ってからも紆余曲折、試練の連続でしたね。入ったときからトップを目指していたのですが、身長167センチは男役としては小さいほうなので、いかに大きく見せるか、常に悩んでいました。かなり踵(かかと)の高い靴をはいて舞台に出ていましたが、安定しないのでターンがうまくできないし、踊りも、かえって縮こまってしまい、さらに小ぶりに見えてしまう。
そんなころ、雪組から星組へ組み替えになったのですが、当時の星組は170センチ以上ある、背の高い男役が占めていました。その中に背が低めの私が入るのは「イメージが違いすぎる」と困惑しながらも、なすすべもなく、焦るばかり。でも、’00年に主演させていただいた『花吹雪 恋吹雪』で石川五右衛門を演じたときに、今までの自分では無理だと思っていたことにチャレンジして、新しい男役像に目覚めたんです。
男らしさを追求する、いわゆる「キザる」という宝塚男役の伝統をもっとも得意とする星組にいながら、当時の私にはその技術がなかった。それに気づき、「キザってなんぼ」という星組のカラーを踏襲しようと、心がけるようにしました。やってみたらこれが快感、2番手時代に主演した『コパカバーナ』という作品のリコ・カステッリ役など、いわゆる“男くさい役”の面白さに気づいたんです。
新人のころには、早い段階でチャンスをいただいてはいたのですが、トップスターになれるかどうかわからないまま、ずっと2番手の位置にいました。でも、だんだんと「トップを目指すことはもう諦めよう、それより、必要とされる役者になるために精進していこう」と考え方を改めたんです。その後、’03年に2番手で挑んだ『王家に捧ぐ歌-オペラ「アイーダ」よりー』ではタイトルロールのアイーダで女役に挑戦して高い評価をいただくなど、舞台に没頭する日々が続いていたところ、入団16年目のある日、トップスター就任のお話をいただきました。
トップになったときの大劇場お披露目公演『さくら/シークレットハンター』で、最後に大階段の上に立って客席を見わたしたときには、ファンの方々が涙を流して喜んでくださっている光景が目の前に広がり、感激もひとしおでした。
それからは、’08年にフランク・ワイルドホーン氏作曲のブロードウェイミュージカルを小池修一郎先生が潤色・演出した作品『スカーレット・ピンパーネル』で菊田一夫演劇賞の演劇大賞を受賞することもできましたし、ずっとやってみたいと熱望していた『赤と黒』など文学作品もやらせていただけて、充実した時代でした。
’09年に退団し、’19年には芸能生活30周年を迎える節目として、本籍のある韓国でチャリティーコンサートを開き、 ’01年に東京・新大久保駅のホームから転落した日本人を助けようとして亡くなった留学生、イ・スヒョンさんの遺志を継いで設立された奨学会に収益金を寄付することもできました。韓国でのコンサートはその後も定期的にやりたいと計画していたものの、コロナ禍でなかなか開催できなくなってしまいましたが、ぜひ続けていきたい活動です。
でも、国内ではコロナ禍でも、出演する公演が一部をのぞいて中止になることもなく、その点においてはラッキーでした。まだまだ、いつ中止になるかもわからない危機感の中で頑張っている共演者の姿を見ては、「ますます気を引き締めていかなければならないな」と気合いを入れ直しているところです。
予想外に展開していくストーリーをぜひ楽しんでいただきたい
『血の婚礼』の東京会場であるシアターコクーンの空間が好きで、この舞台に立てることはこの上ない喜びです。今回のお芝居には最適なサイズですし、舞台美術や衣装などビジュアル的にもおしゃれな中、重い題材ではあるのですが、生演奏とセリフが軽いタッチで絡み合いながら物語が進んでいきます。
スタッフの中に殺陣の先生が入っていることを知り、「誰が立ち回るんだろう」と思っていたら、“花嫁”と、“花婿の母親”、つまり私だったんです。舞台にまかれた土の上で女同士の激しい戦いが繰り広げられるという、自分でもどんな展開になるのか楽しみなシーンもあります。
シリアスな戯曲だと思って観に来ていただいた方には、「あれ、ちょっと考えていた感じと違う」と、いい意味で期待を裏切る作品だと思いますし、「重くて暗そうなストーリーは、今はちょっと……」と躊躇している方にも予想外に展開する舞台をお観せできるかと思いますので、その意外性をぜひ楽しんでいただければ、と思っています。
(取材・文/Miki D’Angelo Yamashita )
【PROFILE】
安蘭けい(あらん・けい) ◎滋賀県出身。’91年、宝塚歌劇団(第77期生)へ首席で入団。’04年、『第25回松尾芸能賞』で新人賞を受賞し、’06年11月、星組男役のトップスターに就任する。’09年に宝塚歌劇団退団後は、同年に『The Musical AIDA』、’12年『アリス・イン・ワンダーランド』、’17年『白蟻の巣』、’20年『サンセット大通り』など、舞台やミュージカルを中心に出演。’21年には芸能生活30周年を記念してコンサート『AVANCE』を開催した。’23年1月からは、ミュージカル『キングアーサー』に出演予定。
◎舞台『血の婚礼』
原作:フェデリコ・ガルーシア・ロルカ
翻訳:田尻陽一/演出:杉原邦生/音楽:角銅真実、古川麦
出演:木村達成、須賀健太、早見あかり、南沢奈央、吉見一豊、内田淳子、大西多摩恵、出口稚子、皆藤空良、安蘭けい ほか
【東京公演】
2022年9月15日(木)~10月2日(日)/会場:Bunkamura シアターコクーン
【大阪公演】
2022年10月15日(土)・16日(日)/会場:梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ
※公演詳細やチケット情報は公式HPにて→https://horipro-stage.jp/stage/chinokonrei2022/