ところが'12年に、『テニスの王子様』を演出された上島雪夫先生の作品『ミュージカル コーヒープリンス1号店』に出演することになり、そこで出会った同世代のミュージカル俳優・山崎育三郎さんによって、運命が大きく変わったんです。彼の歌と芝居に感銘を受けて、もう一度共演してみたいと思うようになり、それからは「自分ももっと本気でミュージカルに挑戦したい」と、気持ちが一気に変わりました。いっくん(山崎さん)と共演していなければ、こうした気持ちにならなかったはずです。

 '13年に再演されたフランスミュージカル『ロミオ&ジュリエット』のオーディションを受けたいと思ったのも、'11年の初演時に、いっくんがロミオ役で出演していたからなんです。彼は'13年の舞台には出演していないのですが、僕はオーディションの結果、ティボルト役を演じることになりました。

 この作品で演出家・小池修一郎先生に出会い、そこからは転機に次ぐ転機です。『ロミオ&ジュリエット』で初めてグランドミュージカルを経験したときは、とてつもなく打ちのめされましたね。自分がそれまで歌ってきた歌唱法がまったく通用しなかった。小池先生にも、さんざんしぼられました。

 さらに、稽古期間中、帝国劇場で上演される小池先生の演出作品『レディ・ベス』のオーディションを受けさせていただくことになったのですが、それまで何度もオーディションを経験してきたのに、緊張しすぎて会場で全然、歌えなかったんです。「自由に表現して」と言われたものの、ミュージカルとしての表現法がわからなくて、なすすべもなく立ちすくんでいるばかり。そうしたら、小池先生が「ここに椅子があるから、レディ・ベスが座っていると思って、今度はそこに向かって歌ってごらん」と言ってくださったんです。おかげで平常心をとり戻せて、何もない状況で歌ったときよりは、うまく表現できたという感触を得ることができました。人生でいちばん悲惨なオーディションの思い出です。

 翌日も『ロミオ&ジュリエット』の稽古だったので、「昨日はすみませんでした」と謝ったら、「作曲のリーヴァイさんは、すごくよかったって言ってましたよ」と励ましてくださって。「いやいや、そんなわけない。むちゃくちゃだったし、外国の方は何をやっても表向きはOKを出してくれるだけなんだ」と自分の中では否定するばかりでしたが、結果的には、山崎育三郎さんとダブルキャストで、ヒロインの相手役として出演することができました。決まったときは半信半疑でしたが、「やるからには、いっくんを追いかけながらやり抜くしかない」と決意を新たにしました。ミュージカル俳優の道にしっかり導いてくださった小池先生には、感謝しかありません。

加藤さんは「出会いに恵まれ、人として成長できた気がします」と強調した 撮影/伊藤和幸

 それからは、仕事をいただいた際には「自分は何もできない」ということを肝に銘じて、自分を過信しないように自戒しています。実際、いまだにどの現場に行っても、「自分がいちばんまともに歌えていない」と常に感じますね。稽古場では、歌唱がすばらしい方々ばかりが集まり、尊敬の念が募るばかりです。でも、だからこそ勉強していきたい。一歩一歩、成長していくためには、学ぶ気持ちを忘れてはいけない。さらなる刺激を求めて続けないと、そこで終わってしまう。ミュージカルを始めて約10年たちますが、「初心にかえる気持ちを忘れずに」と日々、自分に言い聞かせています。

 今回のコメディ作品への初出演も、「自分を磨くための挑戦」という強い決意を持っています。ヒロイン役の高田さんが初舞台ということで、昔の自分を見ているような瞬間もあります。そういう意味では、年齢を重ねてきた今、もう一度改めて締め直さないと、という気持ちも出てきました。

『裸足で散歩』は、なんと言っても共演者のみなさんとのテンポのいい掛け合いが見どころです。ニール・サイモンの洒脱な喜劇の世界に没入していただき、この不安な状況下、少しでも心が軽く明るくなり、幸せな気持ちを抱いて劇場をあとにしていただけるような舞台を目指していきます。

初のラブコメディで新たな境地に挑む加藤さん、ますますの飛躍をお祈りします! 撮影/伊藤和幸

(取材・文/Miki D'Angelo Yamashita)


【PROFILE】
加藤和樹(かとう・かずき) ◎'05年ミュージカル『テニスの王子様』で脚光を浴び、'06年4月、Mini Album「Rough Diamond」でCDデビュー。毎年CDリリースや単独ライブを行い、全国ライブツアーも開催するなど、精力的に音楽活動を続けるなか、俳優としてドラマ・映画・舞台でも活躍中。近年では声優としても注目されている。'21年4月にはアーティストデビュー15周年を迎え、『ローマの休日』ジョー・ブラッドレー役、『BARNUM/バーナム』フェニアス・テイラー・バーナム役で「第46回菊田一夫演劇賞」演劇賞を受賞。10月19日にNewミニアルバム『Nostalgia Box』をリリース、22日よりコンサートツアーがスタートする。

《出演情報》

◎舞台『裸足で散歩』
原作:Neil Simon BAREFOOT IN THE PARK/作:ニール・サイモン
翻訳:福田響志/演出:元吉庸泰
出演:加藤和樹、高田夏帆、本間ひとし、松尾貴史、戸田恵子

【プレビュー公演】
2022年9月13日(火)/会場:有楽町よみうりホール
【東京公演】
2022年9月17日(土)~29日(木)/会場:自由劇場
【兵庫公演】
2022年10月1日(土)、2日(日)/会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
【大阪公演】
2022年10月5日(水)/会場:枚方市総合文化芸術センター 関西医大 大ホール
【神奈川公演】
10月8日(土)、 9日(日) / 会場:KAAT 神奈川芸術劇場 ホール
【東京多摩公演】
10月11日(火) /会場:パルテノン多摩 大ホール

※公演詳細やチケット情報は公式HPにて→https://hadashidesanpo.jp/