手作りの装置を使ってウォンバットたちに治療・予防薬を投与

──そこで高野さんたちは、ウォンバットを疥癬から守ろうと動き出したわけですね。

 はい、従来の治療薬では効果持続期間が短く、複数回投薬しなければならないのが課題でした。そこで、より長い予防期間を持ち、一度の投薬でウォンバットを病気から守るブラベクトという薬が新しいウォンバット疥癬の治療薬の候補として研究されることになり、そこに僕が携わらせてもらったというわけなのです。そこから約5年、さまざまな分野のたくさんの人たちの協力もあり、2022年5月、ブラベクトという薬が「ウォンバット疥癬の治療薬」としてオーストラリア政府から認可が下りたんです。

──ブラベクトは野生のウォンバットに、どのような方法で投薬されるんですか?

 プラベクトは犬猫のダニの治療・予防薬で、ウォンバットに使用するのは液体を肩甲骨の間に垂らすスポットオンタイプです。

 投薬の方法は3つあって、ひとつはウォンバットに直接、滴下する方法。疥癬で保護したウォンバットを保護施設に連れて行くか、その場で麻酔を打って眠っている間に投薬します。

 次は大きなスプーンに、長い棒を取り付けてスプーンの中に薬を入れてこっそりウォンバットの後ろから近づいて背中に垂らすという……。

──原始的ですね(笑)。

 そうなんです(笑)。ウォンバットは鼻がいいので人間のにおいを嗅ぎつけてしまう。気づかれないために風向きの反対側に立って、忍者のようにこっそり近づいて大きなスプーンで垂らすという方法です。

 そしてもうひとつが「ボロウフラップ(Burrow flap)」で、ボロウは「穴」、フラップは「ひらひらしたもの」という意味なんですが、これはアイスクリームのふたを加工した装置です。

 オーストラリア人って、家でも高級レストランでも食後のデザートには必ずアイスクリームを食べるほどアイスクリームが大好きな国民で、普通に4リットルのアイスクリームがスーパーで売ってるくらいなんです(笑)。そのアイスクリームのふたを使ってボロウフラップを作ります。

(a)Burrow flapの仕組みと、(b)それが設置された巣穴から顔を出すウォンバット(Martinet al.,2019) 写真/『ウォンバットのうんちはなぜ、四角いのか?』(晶文社)より

──どのような装置なんですか?

 ふたの真ん中に穴を開けて、そこに薬を入れたペットボトルのキャップを差し込んで、ウォンバットの巣穴の入り口に設置します。そうするとウォンバットが巣穴から出入りするときに、のれんのようにフラップがひっくり返って、ペットボトルのキャップからウォンバットの体に薬が垂れるという仕組みになっています。

──うまくウォンバットに投薬できた場合、どれぐらい効果が続くのですか?

 犬猫だと3か月の効果があるんですけど、犬と同じ量で1か月は持続することが調査でわかっています。ウォンバットは体が大きいのか皮膚が厚いのか、薬が犬と同じ量でも吸収されにくいらしくて。

 それでも1か月間、効果の持続が観測されているので、野生のウォンバットの疥癬を治療するのには効果が1週間しか続かない従来の薬と比較しても、かなり大きな利点になると考えられています。治療のかいあって少しずつ減少傾向にあると思うのですが、データがないので実際のところはわかっていません。

──疥癬に関する研究は、未知の部分がありそうですね。

 そうなんです。薬の効果はもちろん、個体数の調査などやらなきゃいけないことはたくさんあるんですけど、ウォンバットはコアラやタスマニアデビルなどの絶滅危惧種の動物と比べると研究費も下りにくいし、人手も足りないのが現状です。

 当然のことですが、人間の病気が優先されるし、動物の病気は二の次になるので研究値の低いウォンバットのような動物たちは研究費が下りにくいんです。なので、実際のところ僕はあとどれぐらいウォンバットに携われるのかと思うと、悲しい気持ちになることもあります……。