交通事故で母親を失った「孤児ウォンバット」も

──そこは研究者の苦悩という部分でもあるんですね。また、疥癬のほかにウォンバットに降りかかる災難はロードキル(道路上で起こる野生動物の事故死)による「孤児ウォンバット」という存在もあるんですね。ウォンバットだけでなく、カンガルーやコアラ、タスマニアデビルなど野生動物たちが被害に遭っていて、母親がいなくなってしまう子たちもたくさんいると聞きます。

 ロードキルで生き残った子たちの状態にもよるんですけど、例えば一命を取りとめたとしても、今までのように歩いたり食べたりできないような重症の場合はもう動物らしい生活も送れないし、野生に帰ることもできないので安楽死という選択をすることも少なくありません。

 ウォンバットの場合、母親の袋の中で奇跡的に生きていた子は、病院に運ばれてレントゲンや血液検査など健康状態のチェックをして、問題なければ保護されます。その後、保護施設か、ボランティアさんのお家に移され、そこで野生に帰るまで育てられます。

過酷な自然環境で生活するウォンバットの親子。子は親にくっついて行動し、学習する 写真/『ウォンバットのうんちはなぜ、四角いのか?』(晶文社)より

──自宅で保護するボランティアさんは大変そうですね。

 ボランティアさんのことを“ケアする人”という意味で、“ケアラー”と呼んでいるのですが、本当に大変そうです。ウォンバットって見た目はかわいいけど、小さいころは2時間おきにミルクをあげないといけないし、大きくなったら家の柱を噛んだり破壊しだすので、その野生動物のパワーと向き合いながら、野生で他のウォンバットと同じように暮らせるように育てなければならない。ただ動物が好きだけでは務まらないと思いますね。

──高野さんのTwitterで赤ちゃんウォンバットを保護した動画を見たのですが、小さくてぬいぐるみのようでした。

 あれは生後7か月ぐらいの男の子と女の子の赤ちゃんウォンバットだったんですけど、男の子のほうは噛みグセがすごくて、僕もしっかり靴下に穴をあけられました(笑)。

野生動物と適切な距離を保たなければ、生態系が崩れてしまう

──高野さんの著書に「野生動物に接近して干渉することは動物だけでなく人間にも悪影響を及ぼす」と書かれていましたが、野生動物との適切な距離の保ち方はあるのでしょうか?

 僕は、「人間が必要以上に野生に干渉していいことなんてひとつもない」と思っています。というのも、本の中にも書かせていただいてますが、本来、自然界に暮らす野生動物たちは食べる食べられるの関係の中や病気で生き残れなかった個体も含め、デリケートなバランスの中で生きています。

 そのデリケートなシステムの中に人間が入り込み、ある動物に食べ物を与え始めたとしましょう。その動物は一時期は懐いてくれているように見えるかもしれません。でも、それがしばらくすると、人間のことを“エサのなる木”だと見なし始めるかもしれません。そういうふうになってしまったら、エサをくれない人間には攻撃性が増すし、そのままエサを与え続ければ個体数が増えすぎてしまいます。その結果、その地域の生態系のバランスが崩れてしまうこともあるんです。

高野さんが調査に出かけたマライア島のウォンバット 写真/『ウォンバットのうんちはなぜ、四角いのか?』(晶文社)より

──野生動物の保護や環境保護のために日本の私たちができることはありますか?

 いちばんは知ることが大事だと思います。気候変動や生物の絶滅は世界中で起きています。オーストラリアに限ったことではありません。地球温暖化やいろいろな問題について、自分に何ができるのか、考えたり調べてみたりして、このままだとどうなっていくのかなど、リスクを知ってもらうのが大事なのかなと思っています。

 もっと身近な話だと、例えば飼い猫を家の中と外を自由に行き来できる状態で飼ってる人もいると思います。でも絶対に家の中で飼ってほしいんです。家の中ではニャンニャンゴロゴロしている猫たちも、まだ狩猟本能が残っています。外に出た飼い猫や野良猫は野生の小型哺乳類や鳥類を殺すことも珍しくなく、地域によっては生態系に甚大な被害が出ているところもあります。オーストラリアの一部の地域では、自分の飼っている猫が外に出ているのが見つかったら罰金を課せられるところもあるくらいです。

 そして、猫にとっても外の世界は危険です。車にひかれてしまうかもしれない、ほかの猫とケンカをするかもしれない、病気をもらってくるかもしれない、それを家に持ち込んで飼い主が感染するかもしれない……。そう考えると猫にとっても人にとっても家の中にいたほうが安全だし、大事なことなんです。

 ペットを守ることは、自分たち人間を守ることにもつながり、自然を守っていくことにもつながる。身近で小さなことかもしれませんが、みんながその意識を持てば、もっと大きな規模で自然を守る方向へと僕らは向かっていくことができると思うのです。

(取材・文/花村扶美)

高野光太郎=著『ウォンバットのうんちはなぜ、四角いのか?』(晶文社)※記事内の写真をクリックするとAmazonの紹介ページにジャンプします

〈PROFILE〉
高野光太郎(たかの・こうたろう)
ウォンバットを愛し、またウォンバットに愛されたウォンバット研究者。 愛知県出身。2012年に日本の高校を卒業後、タスマニア大学理学部動物学 科・同大学院生物化学修士課程修了。 メルボルンでの就労経験を経て、現在はサンシャインコースト大学健康• 行動科学部でさらなるウォンバットの研究に携わる。

Twitter @kotaro_womb514
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