無駄を追いかけ続けられるという「オタクの豊かさ」
──「アイドルを追いかけることの喜び」を改めて教えていただいていいですか。
「そうですね。喜びはありますけど“アガペー”というか、無償の愛ですよね。Pain(痛み)はあるけどGain(得るもの)はないというか。はたから見ると無駄なことしかないです。
アイドルに限らず、マンガとか音楽とかいろんなカルチャーが好きで追っかけてますけど、どれも生活必需品ではないですしね」
──そうなんですよね。オタクという生き物は周りから見ると基本的に無駄なものを追いかけている存在に見えがちなんですよね。そんなオタクを極めたイトウさんの、無駄を愛するお店に、人が集まってきてる現象がおもしろいなぁ、と。
「もちろん狙ってやっているわけではないですけどね。世の中の流れとか、みんなの意識とか、自分の経験・やりたいことが神がかり的なピタゴラスイッチでこうなってるんだなと思います。
私は本当に何もしていないんですが、来てくれたアイドルの子が、頑張って有名になってくれた結果、中野ロープウェイまで知名度が広がっていっている。何もコントロールしてないし、できない。これで自分がなんとか生活できていることも含めて、もう奇跡としか言いようがないですね」
──これも「アイドルオタクという無駄を極めた結果」といいますか、無駄だと思っていたものによって、結果的に人が集まってきているのが素敵だなぁ、と。
「そうですね。自分は“無駄の中に宝がある”という勝新太郎さんの言葉が大好きなんですが、まさにそれが中野ロープウェイのカラーになっているような気がします。
商品を仕入れるときは生活に必要か、それとも無駄なものかを考えて、無駄なほうのものを買うようにしていますね。無駄を愛することに喜びを感じます。これが先ほどの“アイドルを追いかけることの喜び”の答えなんじゃないかな、と思いますね」
──そこで無駄を選ぶところにイトウさんの魅力が詰まってると思います。なんというか、ただ物質的な意味合いではなく「真に豊か」です。
「そう言ってくれると嬉しいですね。いつまでも無駄なものの存在が許される平和な世の中が続けばいいですね」
効率主義の令和だからこそ思い出してほしい「無駄」の素晴らしさ
イトウさんのお話を伺うなかで「アイドルオタクの豊かさ」を感じていた。いや、アイドルに限ったことではない。アニメ、マンガ、ゲームなど、あらゆる分野において、オタクという生き物はすんごく豊かだ。
だってファンとして追いかけても何も得られないんだもん。しかし、そんな無駄に喜びを感じられる。それこそが精神的に非常に豊かだ。「やらなくてもいい」を実践できることには人間らしい余裕を感じる。
いまAIの発達、SNSの流行、コンテンツ量の増加などによって、われわれは何かと「効率」「合理性」などを追い求める世の中に生きている。やたらと「時短ハック」したくなり、一般人もSNSを意識するようになり、1.25倍速で映画を見るようになった。
非常に便利になった反面「自分に役立つか否か」で機械的に物事を考えるようになっている気もする。「ちょっとちょっと、そんなに急がなくてもいいんじゃない?」と思う瞬間もある。このままでは人間的なユーモアが失われ「自分が心から好きなもの」がぼんやりしてしまうのではないか、という軽い恐怖すら感じる。シンギュラリティより先に人間がAI化しちゃう。これは怖い。
そんな中でイトウさんの「無駄を愛する」という物質にとらわれない飄々(ひょうひょう)とした生き方は、非常に豊かであり健康的だ。もし「これだったら3時間語れます!」という対象が思いつかない人は、一度立ち止まって、それが無駄であっても好きなことを実践してみてはいかがだろうか。そこにこそ「人生の宝」がある(かもしれない)。
(取材・文/ジュウ・ショ、編集/FM中西)