2022年末に紅白歌合戦に出場したSaucy Dog、その前年(2021年)に紅白歌合戦に出場したDISH//など、彼らのようにTikTokのバイラルヒットやYouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」(※)を筆頭にしたYouTube動画などをきっかけに、大きくブレイクするロックバンドが増えている。
※THE FIRST TAKE:「一発撮りで、音楽と向き合う。」をコンセプトにしたYouTubeチャンネル。ミュージシャンによる一発撮りで収録された歌唱動画が不定期で公開されている。チャンネル登録者数は738万人(’23年2月現在)
彼ら2組のように、YouTube/TikTokのネットフィールドでの支持・共感を得てネクストブレイクを果たすロックバンドは? なぜロックバンドがいまTikTokからバズるのか? について、今回は書いていこうと思う。
コロナを機に変化を求められた業界と、様変わりした“ラブソング”のとらえ方
まず誤解のないように話を進めていきたいが、日本において「ロックバンドシーンが萎(しぼ)んだ・人気がなくなった」という声をよく耳にするが 、それはまったくの誤解であると筆者は考えている。
90年代のJ-POP最盛期といわれた時期から見ればチャートを席巻するバンドは確かにいなくなったものの、00年代中ごろからは「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」を中心にした邦楽ロックシーンが立ち上がり、10年代にはフェスティバル文化とともに根強い支持を受けている。
80年代からスタートした雑誌『ROCKIN’ON JAPAN』の影響を受けつつ、インターネットを中心に「ロキノン系」といわれた流れは「邦ロック」と呼称を変え、若い世代に受け入れられている恰好(かっこう)だ。
そんな中で大きなショックとなったのは、2020年のコロナ禍である。ライブ公演はほぼすべてストップし、レコーディング活動はおろかバンドメンバーと顔を合わせるのも難しい数年を送るなかで、音楽業界は大きな活動変更と見直し、そこからのアクションを求められた。
多くのロックバンドは活動を続けるためにも、その先にヒットがあることを信じ、ライブハウスで観客の瞳に映るだけでなく、スマートフォンの動画を通して瞳に映ることも要求されることになった。堅い言葉でいえば「マーケティングの一環として必要になった」アクションとシフトチェンジだったが、結果的に邦楽ロックの楽曲が若い世代にヒットすることになった。
中でもTikTokやYouTubeが与えた影響はすさまじい。さまざまある中で今回の話題に合わせた特徴を挙げれば、ラブソングが急激な支持を得たことにある。それも、コロナ禍以前とは別の感触で、だ。
コロナ禍におけるインドア・自宅生活が増えたことで、小学生から大学生までのすべての学生が人間関係や友人関係を築きにくくなった。友人関係を築きにくいということは、それ以上の関係でもある恋人関係を築きにくいことも意味する。彼氏・彼女の関係は、それまで以上にロマンティックで憧れの気持ちが含まれた関係性へとシフトしていった。具体的に名前を挙げれば、Tani Yuuki、優里、藤井風、川崎鷹也、瑛人といったシンガーソングライターが総じてラブソングでヒットしたのは、こういった心理的部分が大きいはずだ。
TikTokのわずか12秒の動画や、YouTubeの数分ほどのパフォーマンス動画がどれほどの救いになっていたか。アーティストたちがいくつものバズやヒットからテレビへと進出を果たすほどに熱狂的な支持へと成長していく姿を見れば、語るまでもないだろう。若年層は決して鈍感ではなく、自身を脅かす不安と敏感に対峙している。
「誰も知らないバンドを見つけたい」という心理
さて、ロックバンドへとフォーカスを絞っていこう。あらかじめ断っておくが、コロナ禍以前にヒットしていた楽曲も当然ある。
HOWL BE QUIET「ラブフェチ」やindigo la end「夏夜のマジック」、2019年のTikTok年間楽曲ランキング1位に選ばれた岡崎体育「なにをやってもあかんわ」といった楽曲が該当するだろう。Novelbrightが2019年7月に催した路上ライブツアーがTikTokやTwitterなどで広まり、知名度をグッと上げたことも挙げるべきだろう。
コロナ禍以前・以後で決定的に違うのは、ライブハウスやフェスに行けない人たち(外に出ることができない人たちともいう)と、そもそもロックバンドに興味がなかった人たちが、TikTokやYouTubeをきっかけにして心を射抜かれたパターンが多いことにある。
邦楽ロックバンドには、リスナーの心に語りかけるバンドが非常に多い。むやみやたらに明るくしようともせず、強すぎる卑下をすることもなく、リスナーの声をそのままに歌詞にしたため、現実と向き合うようにまっすぐに歌い上げるバンドが多い。
しかもここ数年でグッと知名度をあげたのは、汗臭くシャウトするバンドではなく、丁寧かつ柔らかにメロディを紡(つむ)ぎつつ、その言葉をメロディとともに舞いあげてくれるような歌心あるボーカルがいるバンドたちである。
繊細な恋心を歌うその行為は、聴く側の脆(もろ)く危うい心を手で触るのとほとんど同義となる。特にコロナ禍の社会不安が重なったことで、それまでよりも繊細なタッチとボーカルテクニック、より心地よいボーカルにリスナーの信用が置かれることになった。
これまで邦楽ロックシーンに見向きもしなかった層に、ライブハウスで地道に活動していたロックバンドや、メジャーデビュー後苦しんでいたバンドが次々と発見されている。といった状況とも見ることができ、「誰も知らないような音楽で心射抜かれる」「誰も知らないバンドを見つけたい」といったファン心理も相まって、ロックバンドが次々と「発見」され、ヒットが続々と生まれているともいえるだろう。
例えばDISH//「猫」「沈丁花」、Saucy Dog「いつか」「シンデレラボーイ」、マカロニえんぴつ「なんでもないよ、」「恋人ごっこ」などは、コロナ禍以前からバンド活動を開始し、コロナ禍より前(もしくは直前)にリリースされた曲がTikTok・YouTubeで大きくヒットした。その後にリリースした楽曲にもその人気が続いている。
どのバンドのボーカリストもタイプとしては別々だが、間違いなく繊細かつソフトタッチな声を持ち合わせたボーカリストを筆頭にしたバンドである。
その後、オレンジスパイニクラブ「キンモクセイ」、reGretGirl「ホワイトアウト」、ヤングスキニー「本当はね、」といった楽曲が次々とヒットしていった。
2023年現在ではヤングスキニー「本当はね、」が、昨年10月のリリース直後からフィンガーダンスやリップシンク動画(※)が注目を集めるなどじわじわと人気が伸び続け、6万5000本もの動画が制作・投稿されている。
※リップシング動画:15秒~30秒ほどの音源に、口パクで合わせながら歌ったり踊ったりして撮影した動画のこと。代表的なアプリはTikTok。
SpotifyやApple Musicでの再生数もグっと伸び、ビルボードジャパンのチャートにも上位にランクインしており、まさにSNSのバズでヒットしたロックソングともいえよう。どの曲もラブソングの体裁であり、その声色やボーカルは優しいタッチなのが共通する点だ。
@yangskinny_official ヤングスキニー「本当はね、」(2022.10.14 SHIBUYA CLUB QUATTRO) #ヤングスキニー #本当はね ♬ Hontowane, – yangskinny
@orangespinycrab.jp やっぱビビッときてるよ 君のイメージ金木犀よ#オレンジスパイニクラブ #キンモクセイ #AutumnVibes ♬ オリジナル楽曲 – オレンジスパイニクラブ
TikTokやYouTubeが作った新たなファン層
Tani Yuuki、優里、藤井風、川崎鷹也、瑛人といったシンガーソングライターがラブソングでヒットしたこと。「ROCKIN’ON JAPAN」にてここ数年でピックアップされ始めたヨルシカ、ずっと真夜中でいいのに。、YOASOBIといった新たなクリエイターが「生きづらい現代」をテーマにして支持を集めていったこと。そして、DISH// 、Saucy Dog、マカロニえんぴつのようなロックバンドにも日の目が当たったこと。それらは別々のように見えるが、世界全体を揺るがす感染症が与えた社会不安がとても大きく影響している。
’21年・’22年とコロナ禍のなかでも小規模・数少ないライブ公演をこなしていったロックバンドらも、’23年にはライブハウスの収容人数制限や条件付きでの「声出しライブ」が開催できるようになり、徐々に本格的なライブ活動へと戻っていく最中にある。
そこに集うファンたちは、この数年の間で応援するようになった「ライブハウスに来ることが初めて」というファンで溢れかえるだろう。TikTokやYouTubeでのヒットが新たなファンをライブハウスへと連れ出していく、そういったロックバンドが今後はより増えていきそうだ。
(文・草野虹/編集・FM中西)