あなた「それ、〇〇ってやつですよね? 聞いたことあります!」
相手「〇〇って、どうしてそれを言っちゃうのよ! 楽しみが減ったじゃないか!」
あなた「ええ? 〇〇ってそんな大事なことだったんですか……。すいません」
小耳にはさんだ程度の生半可な知識を使ってしまった結果、このような惨事を招き、楽しかった会話は凍りつき、信用もガタ落ちに……。
会話を盛り上げようと思って、知っている情報を役立てようとしたのに結果は裏目に。
情報化社会といわれる現代で、その取り扱いは社会人のエチケットどころか生命線とも言える大切な心得です。でも、情報の取り扱いなんて学校では教えてくれなかったし、一体どこで覚えればいいのやら。
大丈夫、それ、懐ゲーで経験してますよ。
ファミコンで大人の推理ゲームが楽しめる
今回紹介するゲームは、1985年にエニックスから発売された「ポートピア連続殺人事件」です。かなり有名なタイトルなので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。
ファミコン初期に発売されたアドベンチャーゲームで、それ以降のアドベンチャーゲームの道しるべとなったと言える名作中の名作です。
原作はドラゴンクエストの生みの親で知られる堀井雄二さん。
家族で楽しめるアクションゲームやスポーツゲームが多かったファミコンに、本格推理アドベンチャーが登場したのですから、当時のゲーム少年たちはそのハードな世界観に妄想を膨らませました。
パソコンからの移植作であることや、「連続殺人」という大人びたテーマを扱っていることから、今まで体験したことのない大人っぽい推理体験ができるとウキウキしてプレイを待ちました。
パソコン版をプレイしたことのあるプレイヤーも、そうでないプレイヤーも実際にプレイしてみると、ファミコン版の完成度の高さに心を奪われました。
ローン会社の社長の不審死、麻薬の取引、連続殺人というハードな事件が、怒涛(どとう)のようなテンポで押し寄せるドラマチックなストーリー展開と、少年たちが聞きなれない「しゃくようしょ」「さぎ」「すなっく」といった大人っぽいワードが妄想を強くかき立ててくれました。
ファミコンで大人の推理ゲームが楽しめることにゲームキッズたちは強く感動したのです。
セーブ機能やパスワードシステムが搭載されていなかったため、プレイするたびに捜査は最初に戻るのですが、慣れてくると選択肢を覚えてしまうので、最初からやり直しになることも苦にならないという素晴らしいゲーム設計でした。
このゲームを褒めたたえる声は日本列島を駆け抜け、あらゆる地域で話題になります。
「ポートピアはものすごくおもしろい」
「ファミコンカセットを買ってもらうならポートピアにするべきだ」
そんな評判がネットのなかった日本列島を駆け巡ります。
ポートピアと言えば「犯人は〇〇」
しかし、この評判は、のちに厄介な情報まで運んでくることになるのです。
そうです。これもまたご存知の方は多いでしょう。有名すぎるこのフレーズです。
「犯人はヤス」
聞いたことありますよね? ポートピアと言えば「犯人はヤス」なのです。
読んで字のごとく犯人のネタバラシなのですが、この「犯人はヤス」という事実は、長いプレイを通して最後の最後に巡り合うことで、深いヒューマンドラマを伴って大きな感動を与えてくれるのです。
なぜ、ヤスは犯人になってしまったのか?
ヤスはどのような過程で犯行に手を染めたのか。
そして、ヤスが犯人であると突き止められた過程とはどのようなものなのか。
事件とプレイヤーとをつなぐ人間模様がそこにはあるのです。
しかし──
そんな深い味わいなど意に介さない無慈悲なゲームキッズたちが、この「犯人はヤス」を言いふらしたのです。
「なんだかわからないけど、ポートピアと言えば『犯人はヤス』なんでしょ?」
くらいの軽いノリで広められたこの痛恨のネタバラシは、あっという間に日本列島を駆け巡ります。
連続殺人よりもネタバレのほうが大事件
その結果、どのようなやりとりが行われたかと言いますと。
「どうして、犯人を言っちゃうんだよ!」
「なんで、それ言うねん!」
「なして、そいば言うんやけどか!」
「なじょして、そればへるはんで!」
といった具合に日本全国で断罪が行われたのです。
もはやポートピアで起こった連続殺人よりもネタバレのほうがよっぽど大事件だろうと思うくらい話題になったのです。
当時のゲームキッズたちが、このゲームが持つ魅力、おもしろさ、深みを1ミリも想像することなく、聞いた情報を軽い気持ちで口にした結果がこれなのです。
話を戻しましょう。
現代は情報化社会であると同時に、娯楽があふれるエンタメ産業時代です。作品の本質を知ることもなく、生半可な知識を披露することはとても大きなリスクを伴います。
それでも生半可な知識で会話に入っていきたい! そんなときは、このフレーズが起こした大惨事を想像して言葉を飲み込みましょう。
あなたのひと言は、現代の「犯人はヤス」になりかねませんよ。
(文/野中大三)
《PROFILE》
ゲームとプロレスをこよなく愛するコラムニスト兼ドット絵師。電子玩具開発を経て、株式会社カプコンでテレビゲームのプロデューサーを務め、オリジナルタイトルや人気シリーズタイトルのプロデュースを手がける。現在も電子ゲームの開発に携わっている。35年にのぼるプロレス観戦歴とゲームプレイ歴の経験から日本最大のプロレス団体、新日本プロレスオフィシャルサイトでコラム「ゲーム的プロレス論」を連載中。プロレスラーをドットで表現する「dotswrestler」をTwitterで公開中。