エスカレーターは立ち止まって乗るべし──、そう定めた日本初の条例が10月から埼玉県でスタート。「そんなことまで法で決めちゃうワケ!?」とネット民を騒がせているけれど、国じゅうを見渡せば、わが道をひた走るユニークな条例でいっぱい。その実態と狙いを法律系ライターが読み解いてみた!
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駅やショッピング施設で利用するエスカレーター。関東では左側に人が立ち、関西では右側に人が立つ「ローカルルール」が存在し、どちらも急ぐ人のために片側をあけることが暗黙の了解となっていた。これを禁止する条例が埼玉県で施行され、話題を集めている。
法律分野の著作を多く持つ、フリーランスライターの長嶺超輝(まさき)さんが解説する。
「10月1日から施行された通称『エスカレーター条例』で、エスカレーターの利用者は立ち止まって乗るよう定めています。条例は県や市などの自治体が定めたルールですから、適用される範囲は地元住民や観光客などの一定の地域に限られます。エスカレーター条例の場合、適用範囲は県民だけのようですね。追突や衝突などの事故を防ぐためにつくられたものですが、違反しても罰則はありません」
全国初のこの条例に対し、ネット上では、「効果があるのか疑問」「わざわざ条例をつくるようなこと?」といった声も聞こえてくる。
「エスカレーターで片側をあけて乗るルールは、戦時中にロンドンで生まれ広がったといわれています。エスカレーターでの事故がたくさん起きているとはいえ、今回の条例は事故原因を究明して定めたものではありませんし、効果としては未知数。急ぐ人が多い駅のラッシュアワーなどに限定して、遊園地やショッピングモールは除外したほうが効率的なような気もしますね」(長嶺さん、以下同)
ただ、それでも条例をつくる意味はあるという。
「エスカレーターの利用時に気をつけるよう県民へアナウンスする効果が生まれるからです。たとえ罰則がなくても抑止になりますし、注意を促すアピールにつながります」
住民が仲人に! 婚活支援の条例も
世にも珍しい条例はこれだけではない。全国に目を向けると、各地域の特色に彩られた「ヘンな条例」が数多く存在する。
例えば、和歌山県みなべ町の通称『梅干しでおにぎり条例』。生産日本一を誇る梅の産地にふさわしく、おにぎりを作るときに、「紀州南高梅を使用したおにぎりを推奨」したものだ。
「特産品を推奨する目的でつくられた条例で、そのルーツは2013年1月に京都で施行された『日本酒で乾杯条例』にあります。読んで字のごとく、お酒の席では地元の日本酒で乾杯しようと推奨したもので、以後、全国で特産品のお酒を盛り込んだ“乾杯条例”が多くつくられました。実際に、地酒の売り上げが上がった地域もあるようです」
同じく特産品をアピールする狙いでつくられたのが、大阪府泉佐野市の『ワタリガニ条例』。といっても、ワタリガニを食べようと謳(うた)っているのではない。
「条例には、《市民、事業者および市は、写真を撮影する際にワタリガニを表す姿勢をとること》とあります。写真を撮るときは、ピースサインをしてカニのまねをしましょうというもの。あくまで推奨なので、違反しても罰則はありません。これも乾杯条例の一種といえますね」
特産品というモノではなく、住民などのヒトに直接、働きかける条例もある。
「兵庫県多可町の『一日ひと褒め条例』は1日に1度は人を褒めることを推奨しています。それにより住民同士が尊重し合い、コミュニケーションも円滑になるとか。
似たような条例として、栃木県国分寺町や鹿児島県志布志市などには『子ほめ条例』があります。特に志布志市では、親孝行賞、親切賞、友情賞など12もの賞を用意して、親孝行だったり親切だったりする子どもを市が表彰しています。子どもを褒めるのは大切なことですが、大人の物差しで型にはめ込んだ評価を与えても、かえって反発を招きそうで気になります」
住民への働きかけという点で、三重県紀勢町の『キューピット条例』はさらに踏み込んでいる。30歳以上の住民の結婚促進のため、「キューピット委員」という仲介人が婚活の世話をしてくれるのだ。
「結婚が決まれば20万円の手当がもらえるとか。婚活中の人にはよい制度ですが、そうでなければ余計なお世話ですね(笑)。条例ではありませんが、ここ数年、婚活を支援したり街コンを主催したりする自治体が増えています。人口減少は悩みの種ですから、どこでも定住策に必死です」
はたから見ればヘンでも、地元では大まじめにつくられている全国各地の条例。
「たかが条例と思ってしまいそうですが、鹿児島県のつきまとい防止条例が、のちのストーカー規制法につながった例もあるんです。気になるものは今後もチェックしていくとおもしろいと思います」
条例より数は少ないけれど、法律にも一風変わったものが。
「『軽犯罪法』ではリアルすぎる警察官や自衛隊員のコスプレを禁じています。ニセ警官やニセ自衛官がその辺をうろついていると、無用な混乱を招いてしまうからです。詐欺や強盗などの凶悪犯罪の温床にもなりかねません」と、長嶺さん。
また、『日米地位協定』では、アメリカ軍人のリアルなコスプレを禁じている。たとえハロウィンでもNGなので、ご注意を。
おかしさもワールドクラス! 世界のヘンな条例
世界を見渡せば、日本どころじゃないヘンな条例であふれていた!
なかでも目につくのが、動物に関わるユニークな条例が多いこと。
「ワニを消火栓につないではいけない」(アメリカ)
「魚を泥酔させてはいけない」(米オハイオ州)
「犬と猫はケンカをしてはいけない」(米ノースカリフォルニア州バーダー)
「カンガルーにビールを6杯以上、飲ませてはいけない」(オーストラリア)
前出・長嶺さんが分析する。
「日本に比べ欧米のほうが動物愛護の精神が進んでいますから、それが反映されているのでしょうね。イギリスではタコやロブスターを生きたまま調理するのを禁じる法律がつくられようとしています」
そう考えると、人口当たりで犬を飼っている人が最も多い国・チェコに「犬税」があるのも納得! 飼い主には1匹につき年間3000円ほどの税金が課され、集めたお金はフンの除去や清掃費用に使われる。ドイツやオーストラリア、スイスなどでも犬税が採用されているとか。
また、お国柄が反映された「ヘンな税金」の存在も見過ごせない。
「健康のためのポテトチップス税」(ハンガリー)
「脂肪税」(デンマーク)
「ソーダ税」(米ペンシルバニア州など)
これらは肥満防止や健康促進のため、スナック菓子や甘い炭酸飲料に課税するというもの。
「余計なお世話という気も……。肥満と健康被害の因果関係を立証するのも難しそうです」と、長嶺さん。
さらに驚くのは「死んではならない」という条例だ。
「ブラジル・サンパウロ州バリチバミリン市の市長が“死なないよう健康を維持しなければならない”と定めた条例を議会へ提出しました。同市では墓地不足が深刻な問題になっていて、元凶をつくった国の政策を批判するため、皮肉を込めて条例案を出したといわれています。フランス・キューノ市でも同様の条例案が議会へ出されています」
ヘンな条例から目が離せない!
《PROFILE》
長嶺超輝 ◎フリーランスライター。1975年、長崎県生まれ。九州大学法学部卒。『47都道府県これマジ!?条例集』(幻冬舎新書)ほか、法律分野に関する著書多数。近著に『裁判長の沁みる説諭』(河出書房新社)
(初出:週刊女性2021年11月9日号)