日本は台風に洪水、地震、津波と日々、災害と隣り合わせ。しかし9月1日の「防災の日」は意識しつつも、実際は防災について何から手をつければ、あるいはどこまで準備すればいいかわからずにいる方も少なくないのでは?
そこで、防災に関しての知識やスキルを広めているアウトドアライフアドバイザー・寒川一さんと奥さまで北欧ソト料理家・せつこさんに、ふたりが提唱する「サボる防災」をうかがいました。これは、私たちに今こそ必要な防災のノウハウなのです。
「防災」は楽しく生きるための手段にすぎない
──「サボる防災」とは、どういう意味でしょうか?
一さん「アウトドアを生業(なりわい)としてきた僕は、東日本大震災の翌年からアウトドア×防災をテーマに活動を始めました。そのときに“楽しみながら備える”というコンセプトを打ち出したのですが当初、周囲からは不謹慎だと非難されることもありました。
僕としては震災の後もずっと続く重い空気感の中で、どうやって自分たちは心をリカバリーすればよいかを考え抜いたうえでの、ひとつの結論だったのです」
──「楽しみながら備える」が、なぜ「サボる」というコンセプトにつながるのでしょうか?
一さん「ネガティブなイメージがある言葉ですが、目まぐるしい今の世の中では日常を元気にするためにサボることは大切だというのが、僕のポリシー。人は苦しむために生まれたのではない、楽しむために生きていると思うんです。ただ、災害は望まなくてもある日突然に降りかかる。人生を楽しむためには日ごろから備えることが必要だ。防災のためではなく、楽しく生きるために備えていくのだという考えです。
今は、いつどこで災害が起きてもおかしくない時代。僕たち夫婦はこれまでのいくつもの災害のたびに、アウトドアのエッセンスを生かしてきました。ライフラインが失われても道具や知識、技術が自分たちを助けてくれる、そんな暮らしを確立したんです」
キャンプは独立型の避難スタイル
──そもそも、寒川さん夫婦が積み重ねたアウトドア経験を防災に生かそうと考えた理由とは?
一さん「アウトドアスキル=防災スキルということを伝えなければ、と考えはじめたのは、やはり2011年の東日本大震災。あのように大きな自然災害の際、行政や自衛隊、ボランティア団体などからの救援はすぐには届きません。
現地で被災した人々は、救援が到達するまで自力で生き延びるしかない。無事に避難所で過ごせることになっても、体育館などの広い空間はプライバシーが保てず、硬い床では安眠もできません。
避難所生活を避けて自家用車内で過ごし、狭い空間に長くいることでエコノミークラス症候群を発症する人も多く、また指定避難所と別の場所に自主避難している場合には、支援物資が手に入りにくい状況も見られました。
そういうときこそ、キャンプの経験が生きるのでは? 災害時に備えて道具をそろえるのではなく、手元にあっていつも使っているキャンプ道具こそ災害時にも役立つはず、と考えたのです」
──確かに、野外で過ごすアウトドアのスキルは、屋外で避難する状況に役立ちそうです。避難所での感染症対策にもなりますね。
一さん「そう、キャンプは独立型の避難のスタイルなんです。現在のコロナ禍での感染症と災害対策にも役立つ。だから日々の楽しみとしてキャンプに出かけ、そこでアウトドアの知恵や道具の使いこなし方を身につけながら、非常事態に備えてほしい。
自分たちで衣食住を確保し、生き延びること。そのためのスキルをつける“防災キャンプ”の考え方は、こうして生まれました。
知識と経験がなければ救援を待つしかありませんが、ひとりでも多くの人が自立的に水や食べ物、避難場所を得られるようになれば、そのぶんの救援資源をほかに回すこともできます。あなたがノウハウを生かすことができれば、誰かを救うことにもつながるんです」
毎日使う道具が、いざというときの備えにつながる
──自分たちが生きるための技術が、被災地域全体の負担を減らし、技術を持たない人たちも助かる。それも、「防災キャンプ」の大きな意義なんですね。
せつこさん「アウトドアの道具やスキルを、本当に必要なときに役立てるためには、普段から慣れていてこそ。だから、わが家の道具にも日常用とアウトドア用の境目はほとんどありません。長年いろいろ使ってきた中で、防災にも活用できるものと、その使い方を見つけてきたんです」
──例えばどんな道具がおすすめですか? アウトドア初心者にも使いやすいものを教えてください。
せつこさん「まずナイフですね。『モーラナイフ』というブランドのものは切れ味はもちろん、性能も優れていて調理にも十分、活躍します。ナイフに付属しているメタルマッチはフェロセリウムという合金製のもので、ライターやマッチと違って水に濡れていても火がおこせます。野外で火を得るための第3の道具として、使い方を知っておくといいですよ。
それからまな板。普段の調理に、アウトドアでも使う木製カッティングボードを使います。天然の木目も美しく、プレートとして料理を盛ったりテーブル上でおつまみのチーズやハムを切ったりもします。
鍋やフライパンも同様に、家でも外でも使うものばかり」
──家と野外とで使うものを分けていないんですね!
せつこさん「特に線引きはしていないんです。そもそも使いやすい道具というものは、シンプルで無駄がない。なので非常時に持ち運びもしやすいんですよ」
──それでは、普段から使うものについて野外での上手な活用法は?
せつこさん「チャック付きビニール袋や密閉できるコンテナは、食品の小分けや保存、野外への持ち出しにみなさんもよく使われると思います。乾麺を入れてゆでる前に水につけておけば時短料理もできるし、食材以外でも濡らしたくないものを持ち運ぶのに役立ちます。
それから電池を必要とする道具を選ぶときは、売っている場所が少ない規格のボタン電池などを使うものより、単3か単4電池を使うタイプを。電池切れのときに国内外どこでも手に入りますし、ラジオ、懐中電灯などいろいろな製品で多用できるので、同じ電池を使う道具を選ぶこともポイントですね」
──やはり知っておきたいのは災害時に役立つもの。ぜひ教えてください!
せつこさん「日用品でもしものときに役立つのは、ラップと布ガムテープです。アウトドアや災害での負傷は、絆創膏では間に合わない場合が多々。ラップなら広い範囲を覆えて、雑菌の侵入を防げます。処置する人の手に巻けば除菌手袋の代わりにもなり、ガムテープも止血用にきつく巻く、骨折には添え木をして巻くなど用途は多彩。知識があれば、どのお宅にもある日用品が救急にも確実に役立ちますよ。
わが家では普段からハンモックを使っていますが、これはアウトドアでのんびりするのにおすすめなうえ、災害時にはケガをした人のための担架代わりにもなります。さらに、雨や風をしのぐためのシートにしたり身体に巻いて防寒にも」
──それは目からウロコですね! ひとつの道具で何役もこなせるとは。
せつこさん「新しいキャンプギアはたくさん生まれるんですけど、大切なのは使いこなせる知識を持っていること。小さなお子さんのいる家族と大人だけのキャンプでは、必要なものも違ってくる。
だからこそ“これでなくてはならない”というものよりも、“あれにもこれにも使える”という道具がいいんです。それは、家と外で使うものに区別がないのと同じなんです」
──そう考えると、日常生活とキャンプ、防災の備えに必要な道具を選ぶ視点が変わってきます。いろいろ道具をそろえるよりも実際に役立つものを持つこと、いつでも使えるように日常やアウトドアの経験で実践してみることが大事なんですね。
一さん「そう。ときには頑張ることをサボって、非日常へ逃避する。わざわざ遠い場所へ出かけていってアクティブに遊ぶ必要はなく、自宅の庭でも近所の河原でもいい。その“サボる”時間から自然と触れ合い、さらにはそこで培った経験を、災害時で生き抜く防災のスキルに生かしてほしいと願っています。
“サボる防災”とは、防災をサボるのではありませんよ。肩の力を抜いて、自分たちの足元を見つめ直し、将来の人たちのことも考えて、自分たちに合った防災スキルを身につけてほしいんです。それは生きる力そのもの。
だからこそ、僕たちは言いたい。人生にサボりを、サボるために防災を、と」
アウトドアを楽しむスキルがあれば、もしもの備えにもなる。防災のハードルがぐっと下がって、前向きな気持ちで備える暮らしを始められそうです! この機会に眠っている防災グッズも見直してみませんか?
(取材・文/秋川ゆか 撮影/飯貝拓司)
《PROFILE》
寒川 一(さんがわ・はじめ)
災害時に役立つアウトドアの知識をキャンプ体験、防災訓練、書籍などを通して伝えるアウトドアライフアドバイザー。北欧のアウトドアプロダクトを多く扱う(株)UPIアドバイザー。アウトドアでのガイド・指導はもちろん、テレビ・ラジオ・雑誌といったメディア出演など、幅広く活躍中。著書『焚き火の作法』ほか多数。
寒川せつこ(さんがわ・せつこ)
北欧ソト料理家、(株)UPIアドバイザー。スカンジナビアのアウトドア文化を主に料理ワークショップを通して発信。レシピ提供したメディアは『 趣味どきっ! たのしく防災!はじめてのキャンプ』『メスティンレシピ』、キャンプ料理サイト「ソトレシピ」など多数。