中野ブロードウェイの地下1階に、”アイドルが通う雑貨店”がある。それが「中野ロープウェイ」だ。
前編では、中野ロープウェイがアイドルが通うお店として認知された経緯や「アイドル冬の時代」において、アイドルを追いかけ続けられた理由。自身も「1980年代~2010年代までアイドルを追いかけていた」と語るように、アイドルファンの素晴らしさなどを教えてもらった。
【前編→あのちゃん・夢眠ねむも通った雑貨店『中野ロープウェイ』。店主イトウ氏が肌身で感じた、アイドル冬の時代】
後編では「モー娘。が登場したときのアイドルファンの心理」「アイドルを応援することの豊かさ」というテーマについて、深く伺おうと思う。
モーニング娘。のファーストライブを15連番で見て感じた「なんか違う」
──前編では、アイドルオタクがひどく差別を受けていた’90年代について教えていただきました。今ではアイドル界隈が全国で大盛り上がりですが、いわゆる“アイドル冬の時代”はいつごろに終わったんでしょう。
「今振り返ってみると、モーニング娘。からでしたね。『シャ乱Q女性ロックボーカルオーディション』(※)を、当時住んでいた府中の六畳一間のアパートにみんなで集まって見ていたんです。そのころからアイドルに興味がなかったような人が“モー娘。で誰が好きか”みたいな話をするようになって。永遠に続くと思っていた冬の時代がついに終わるのかなって」
※シャ乱Q女性ロックボーカルオーディション:’ 97年に『ASAYAN』(テレビ東京系)で行われたオーディション番組。
──なるほど。私は’91年生まれですが、確かに小学生のときにモー娘。はもうメジャーな存在というか……。普通に大人もカラオケで歌っていた記憶があります。
「そうですよね。それでモーニング娘。が、ついにファーストライブをやるって聞いて渋谷公会堂のライブに当時のアイドルファン仲間と15連番(※)して観に行ったんです」
※連番:ライブ会場の座席が隣同士であること。
──15連番はすごい(笑)。期待感が伝わります。
「でもライブが終わったあと“なんか違うな”と思っちゃって」
──え! どうしてまた……。
「周りが盛り上がっているのを見て、冷めちゃったんでしょうね。へそ曲がりというか“他人と違うことをしている”というちっぽけな自負でアイドルファンをやってたのに、みんなが好きになると逆を行きたくなるというか。売れたら離れる嫌なファンの典型ですね」
──なるほど。
「そのあとモー娘。はゴマキ(後藤真希)加入とかもあってめちゃくちゃ売れるんですけど、全然興味を持てなかったですね。その時期くらいからサブカル界隈のライターの人たちがみんなモーニング娘。をほめ出すんですよ。
そのとき盛り上がっていた30代前半くらいの人たちって、国がアイドルを禁止してたような時期に10代後半を過ごしてきたから。禁酒法が解禁されて浴びるように酒飲んでるだけだろ、みたいに冷ややかで意地悪な目で見てましたね」
──(笑)。
「禁酒法時代にこっそり隠れて飲んでいた身としては、オタクってもっとアウトローでアングラなもんだろと信じてたし、アイドルオタクを自称するなんて変だろうと思ってました」
──そのアイドル熱はどこで復活するんですか?
「30代になって、香港の夜市でモー娘。の4thアルバムのカセットをなんとなく買ったんですよ。それでホテルに帰って天井を見ながら聴いてたんですけど、そのときは無職だったし、公私込みで人生の状況がよくないときでした。
よくライターの吉田豪さんが”弱ってるときほど人はアイドルにハマりやすい”って言ってるけど、まさにそんな感じでしたね。そのときに聴いた『いいことある記念の瞬間』という曲が自分のそのときの心情にとにかく響いて。それでまた、まんまとハマりましたね」
──そこはモー娘。という存在より、楽曲自体に惹(ひ)かれたんですね。
「言われてみるとそうですね。変な反動というか、好きすぎて自宅の棚の一面をすべて『いきまっしょい!』のCDで埋めてました。ブックオフの100円コーナーで見つけたら全部買って。200枚くらいありましたね。マテリアル系の楽曲派(※)ですね」
※女性アイドル界隈において「楽曲派」という単語は、しばしば女性アイドルを応援する際に使う「曲が好きだから」という言い訳をもじったものとして使われるが、ここでは「真に楽曲が好き」という意味。
──反動がヤバすぎる(笑)。
「それで改めてモーニング娘。を聴き始め、そこからなんの抵抗もなくスムーズにBerryz工房に流れて、またアイドル熱が再燃してしまいました」
──そこから2005年にAKB48がデビューしたり、だんだんと地下アイドルも盛り上がってきた時期に差しかかるんですね。
「はい。いわゆる“アキバ文化”の全盛期ですね。当時はつんく♂さんも『NICE GIRL プロジェクト!』を立ち上げたり、秋葉原を中心にアイドルも盛り上がっていました。
NICE GIRL所属の『キャナァーリ倶楽部』を見に行くようになって石丸電気(※)に通い出しましたね。『コスメティックロボット』とか『Chu!☆Lips』『hy4_4yh』とか。ももクロもまだこのカテゴリーでしたね。大好きでよく通っていました」
※イベントスペース(石丸電機SOFT1)があり、アイドルの聖地だった電器店。
アイドルの結婚についての忖度なしの感想
──まだももクロが駐車場とかでライブをしていた時期ですよね。ももクロでは誰推しだったんですか?
「高城れにさんですね」
──2022年に結婚されましたね。
「そうなんですよね。れにちゃんの結婚発表のときに、私のTwitterに“おめでとうございます!”みたいなリプが届いたんです。でも、ちょっと戸惑ってしまって」
──アイドルの結婚に対しては、いろんな意見がありますね。
「もちろんいいんですよ、アイドルが結婚しても。ただ自分の好きなアイドルが結婚したら祝福するタイプと本気で悲しむタイプのファンがいて。どっちが正しいってことはないと思いますが、私は後者で、アイドルに過剰な幻想や妄想を抱きたいタイプだったんですね。
そこは前編で言った“LIKEとLOVEの違い”なのかもしれませんが、本気で好きだったアイドルが結婚すると、それまでの思い出が自分の中で全部ウソになっちゃう気がするんですよ」
──「ウソ」ですか?
「ウソというか、矛盾が生じるというか……。例えばファンの誰かに“結婚してくれ”と言われたら“私はみんなのアイドルだから、誰か1人と結婚はできない”って答えるのがアイドル的模範解答じゃないですか。
そう言われたら納得するけど、そのあと普通に結婚されたら、みんなのアイドルだからってのはウソで“俺と結婚したくなかっただけじゃないか?”って思ってしまう。
もちろん冷静に考えれば“みんなのアイドル”っていうのが真実じゃないのはわかりますよ。でも、ファンの頭の中には、アイドルと一緒に作っている共同幻想というか、お互いがルールを守って保たれている美しい世界観があるんです。
そんなの勝手な思い込みにすぎないんですけど、アイドルが結婚して”人間宣言”するのって、そのルールから”いち抜けた”をすることなんじゃないかなって。そしたら初めての現場から、ガチ恋こじらせながらコールした美しい思い出たちが、突然オセロがひっくり返されるみたいに全部真っ黒になって、自分だけが取り残されたような気分になってしまう」
──れにちゃんのオセロはひっくり返りましたか?
「いやいや、私は現場を離れて10年たってるし、現役のファンでもないので、そもそもこんなこと言う権利もないんです。ももクロや、れにちゃんのことは今でもとてもいい思い出ですね」
──今後はアイドルの結婚も、もっと当たり前になっていくんでしょうか。
「昔はアイドルの寿命も2〜3年だったから、脱アイドルして、ドラマなんかに出て、活動がどんどんフェードアウトして、そのあと結婚というのがお決まりだったから、今みたいに地続きで結婚というのはなかったんですよね。
だけど、モー娘。以降、アイドルの寿命も伸びて普通に10年以上とかなので、相手のことをきちんと人間だと思わないと追いかけられないですよね。結婚も受け入れていくべきなんでしょう」
無駄を追いかけ続けられるという「オタクの豊かさ」
──「アイドルを追いかけることの喜び」を改めて教えていただいていいですか。
「そうですね。喜びはありますけど“アガペー”というか、無償の愛ですよね。Pain(痛み)はあるけどGain(得るもの)はないというか。はたから見ると無駄なことしかないです。
アイドルに限らず、マンガとか音楽とかいろんなカルチャーが好きで追っかけてますけど、どれも生活必需品ではないですしね」
──そうなんですよね。オタクという生き物は周りから見ると基本的に無駄なものを追いかけている存在に見えがちなんですよね。そんなオタクを極めたイトウさんの、無駄を愛するお店に、人が集まってきてる現象がおもしろいなぁ、と。
「もちろん狙ってやっているわけではないですけどね。世の中の流れとか、みんなの意識とか、自分の経験・やりたいことが神がかり的なピタゴラスイッチでこうなってるんだなと思います。
私は本当に何もしていないんですが、来てくれたアイドルの子が、頑張って有名になってくれた結果、中野ロープウェイまで知名度が広がっていっている。何もコントロールしてないし、できない。これで自分がなんとか生活できていることも含めて、もう奇跡としか言いようがないですね」
──これも「アイドルオタクという無駄を極めた結果」といいますか、無駄だと思っていたものによって、結果的に人が集まってきているのが素敵だなぁ、と。
「そうですね。自分は“無駄の中に宝がある”という勝新太郎さんの言葉が大好きなんですが、まさにそれが中野ロープウェイのカラーになっているような気がします。
商品を仕入れるときは生活に必要か、それとも無駄なものかを考えて、無駄なほうのものを買うようにしていますね。無駄を愛することに喜びを感じます。これが先ほどの“アイドルを追いかけることの喜び”の答えなんじゃないかな、と思いますね」
──そこで無駄を選ぶところにイトウさんの魅力が詰まってると思います。なんというか、ただ物質的な意味合いではなく「真に豊か」です。
「そう言ってくれると嬉しいですね。いつまでも無駄なものの存在が許される平和な世の中が続けばいいですね」
効率主義の令和だからこそ思い出してほしい「無駄」の素晴らしさ
イトウさんのお話を伺うなかで「アイドルオタクの豊かさ」を感じていた。いや、アイドルに限ったことではない。アニメ、マンガ、ゲームなど、あらゆる分野において、オタクという生き物はすんごく豊かだ。
だってファンとして追いかけても何も得られないんだもん。しかし、そんな無駄に喜びを感じられる。それこそが精神的に非常に豊かだ。「やらなくてもいい」を実践できることには人間らしい余裕を感じる。
いまAIの発達、SNSの流行、コンテンツ量の増加などによって、われわれは何かと「効率」「合理性」などを追い求める世の中に生きている。やたらと「時短ハック」したくなり、一般人もSNSを意識するようになり、1.25倍速で映画を見るようになった。
非常に便利になった反面「自分に役立つか否か」で機械的に物事を考えるようになっている気もする。「ちょっとちょっと、そんなに急がなくてもいいんじゃない?」と思う瞬間もある。このままでは人間的なユーモアが失われ「自分が心から好きなもの」がぼんやりしてしまうのではないか、という軽い恐怖すら感じる。シンギュラリティより先に人間がAI化しちゃう。これは怖い。
そんな中でイトウさんの「無駄を愛する」という物質にとらわれない飄々(ひょうひょう)とした生き方は、非常に豊かであり健康的だ。もし「これだったら3時間語れます!」という対象が思いつかない人は、一度立ち止まって、それが無駄であっても好きなことを実践してみてはいかがだろうか。そこにこそ「人生の宝」がある(かもしれない)。
(取材・文/ジュウ・ショ、編集/FM中西)