【問題】
人気作家で、“どくとるマンボウ(『どくとるマンボウ航海記』新潮社)”といえば北杜夫(きた・もりお)、では、“ムツゴロウ”といえば誰でしょう?
【答え】
畑正憲(はた・まさのり)
この問題は、以前、私も出演していたクイズ番組がたくさんオンエアされていたころ、数えきれないくらいに繰り返し出題された「定番問題」でした。
それほど畑正憲さんは、「誰もが読んでいる作家」くらいの人気者だったのです。
かく言う私も、たいして本を読んでいたわけではない中高生時代に、畑さんのエッセイを何冊も読み、楽しませていただいていたものです。
去る4月5日。その畑正憲さんが亡くなりました。
今回は、当時私がリアルタイムで見た、畑さんの驚きエピソード選。
◇ ◇ ◇
漫画の主人公だったムツゴロウさん
私が、初めて畑正憲さんの名前を知ったのは、1973年7月の小学生のころ。『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)で、無人島に渡った畑さん一家を主人公にしたマンガ、『ムツゴロウの箱舟』の連載が始まったのです。
原作はもちろん畑さんで、構成・絵は山本まさはる・矢代まさこさんのおふたり。優しいタッチの絵で、少しだけギャグマンガなテイストでした。
メインストーリーは、畑さんが家族を連れて無人島で生活を始め、“ヒグマと暮らす夢”を実現していくというもの。このヒグマは、畑さんの著書『どんべえ物語』(角川文庫)でも有名な、「どんべえ」ですね。
連載は、翌年の3月に終了していますので、約9か月間という連載期間でしたが、私にとっては、畑さんのエッセイを読むきっかけになったマンガでした。
仰天! 動物のウンコをペロリ!
フジテレビ系で、『ムツゴロウとゆかいな仲間たち』という番組が始まったのは、1980年のこと。
番組がスタートしたとき、かつてマンガとエッセイを読んでいた私は、「これが実際のムツゴロウさんなのか!」とテレビにクギづけになったのを覚えています。
そして、本物の畑さんが「マンガで読んでいた以上の、とんでもないキャラクター」であることを知るのに、時間はかかりませんでした。
この番組で見たのかどうか、もう記憶が曖昧(あいまい)なのですが、畑さんが、王国にいる犬だったか馬だったか、とにかくそのウンコをおもむろに手に取り、ペロリとなめたのを見たときは衝撃を受けました。
私はテレビの前で、「なっ……、なっ……、なっ……、何をしているのですか! あなたは!」となりました。
そうしたら畑さん、平然と「うん、いいウンコだ」なんて言っているではありませんか! どうやら、そうやって動物の健康状態をチェックしているのだとか。ウンコの味で病気になっていないかどうかがわかるというのです。
さすが、東京大学理学部で動物学を学んだ動物研究家です!(なのか?)
ちなみに動物のウンコはバイ菌だらけなので、よい子はマネしないように!
この他、牛のオシッコを飲む映像がオンエアされたときにも、話題になりましたね。このあたりから、私は畑さんを「私の想像を超える尋常ではない人」だと認識するようになりました。
動物との「じゃれ合い」は命がけ
畑さんは、番組の中でよく、動物と一緒に遊んでいました。ときには半裸になって、満面の笑みで動物とじゃれ合う。
でも、体の大きな動物とのお遊びは、命がけのこともあるのです。
私が見ていて、特に印象深かったのは、子ゾウと一緒に川に入って遊んだときの映像。畑さんは上機嫌でニコニコしていましたが、画面に衝撃のテロップが……。
「この日の畑さんのケガ。足の指〇本骨折」
人間の身体は、ゾウやクマとじゃれ合うのには、あまりにも脆弱(ぜいじゃく)なのです。それにしても、畑さん、あなたという人は、骨折しながら、なぜあんなに楽しそうに笑っていられるのですか……。どれだけ動物が好きなのですか!
そういえば、巨大なアナコンダを肩に乗せているときに、急に首を絞められたこともありました。畑さんは、「ものすごい力ですねぇ、僕の首が折れるかもしれませんねぇ」なんて、とんでもないことを言いながら、首とアナコンダの間に手を差し入れて締めつけを防いだり、身体をねじったりして、なんとか九死に一生を得たのです。
助かった後、畑さんは笑っていましたが、本当にアブナイ場面でした。
ライオンとのスキンシップで指を失う
最後は、畑さんが、とある番組で南米の動物保護施設を訪問したときの、ニュースにもなったアクシデントです。
畑さんは、保護施設のライオンに右手中指の第1関節から上を、ライオンに食いちぎられてしまったのです。
畑さんは、それまでに何度もライオンとスキンシップを取った経験があります。ライオンの口の中に手を入れて指をなめさせたり、首や肩を甘がみされたりするなど、慣れたもの。しかし、このときは、別れ際に一瞬のスキがありました。
このライオンは、畑さんと遊ぶうちに、どうやら畑さんのことが大好きになってしまったのです。
最後の別れをしようと、金網に手をかけていた指が、少しだけ網の中に入っていたのがよくなかった。畑さんとの別れを惜しむように、ライオンがその指を甘がみしたように見えた次の瞬間、表情を硬くする畑さん。
かまれたほうの右手を左手でかばいながら、くるりと背を向けて、無言のまま、その場をあとにしました。このほんの一瞬の出来事で、畑さんは指をかみ切られてしまったのです。
私が何よりも驚いたのは、後日に畑さんが取った行動です。
自分の指をかみ切ってしまったライオンを再び訪ねた畑さんは、笑顔でライオンの名前を呼びます。しかし、昨日まで畑さんに懐いていたライオンは、尻尾と首を垂れて、明らかに元気がなく、畑さんに名前を呼ばれても、寄ってきません。
その様子を見た畑さんはこう言ったのです。
「悪いことをしてしまったって、ちゃんとわかっているんですねぇ。ライオンにしてみれば、せっかく遊んでもらっていたのに、僕が去って行ってしまうと思って、引き留めようとしたんでしょう。犬でもよくあること」
そして、「自分の不注意だから、絶対にライオンを処置しないでください」と、このライオンに同情し、かばったのでした。
指をかみ切られたというのに、静かにその場を去り、後日、そのライオンに同情する……。
やっぱり、尋常ではない方です。
ヒグマのどんべえと一緒に暮らしたとき、どんべえと初めて迎える冬に、畑さんは世界中の動物学者が書いた論文を読み、「クマがどうやって冬眠するのか」を調べました。
しかし、誰ひとり、詳しいことを書いていなかった。
畑さんは、「結局、動物学者といっても、クマの冬眠を見た人はいないんだ」と思ったそうです。
私はこの話を知り、畑さんこそ、本当に“ホンモノの動物研究家”だと思いました。
希代のエッセイストであり、動物たちと真にコミュニケーションを取ることができた偉大な動物研究家だった畑正憲さんへ、リスペクトを込めて……合掌。
(文/西沢泰生)
【PROFILE】
西沢泰生(にしざわ・やすお)2012年、会社員時代に『壁を越えられないときに教えてくれる一流の人のすごい考え方』(アスコム)で作家デビュー。現在は作家として独立。主な著書『夜、眠る前に読むと心が「ほっ」とする50の物語』(三笠書房)『コーヒーと楽しむ 心が「ホッと」温まる50の物語』(PHP文庫)他。趣味のクイズでは「アタック25」優勝、「第10回アメリカ横断ウルトラクイズ」準優勝など。