学校の先生の働きすぎ問題は深刻です。文部科学省の教員勤務実態調査(2016年)によると、「過労死ライン(1か月に80時間超の時間外労働)」を超えて働いている先生の割合は、公立小学校で3割超、中学で約6割にのぼっていました。これを「異常」と言わずして、何と言ったらいいでしょうか?

 全国の忙しすぎる先生たちを救うために、さまざまな議論が始まっています。田中まさおさん(仮名)も、先生に残業代を求める裁判を通じて自らの考えをアピールしてきました。どんな考えなのか、聞いてみました。(以下、語り:田中まさお/聞き書き:牧内昇平)

(田中さんが立ち上がったわけや裁判を始めた経緯はプロローグ記事で詳しくお伝えしています→https://fumufumunews.jp/articles/-/23602

先生が「多忙化」に陥る3つのステップとは

 先生が働きすぎの状態になるのはなぜか。一般に言われているのは以下のようなことです。

【先生が“働きすぎ”になる3つのステップ】
1. 会社などに雇われている人は基本が1日8時間労働である。それを超えて働くと、その長さに応じた残業代が出る。でも、学校の先生には「給特法」という特別な法律があり、こうした残業代が出ない。
2. 残業が無賃なので、雇い主(各地の教育委員会、広く言えば国)は先生たちの残業を本気で減らそうとしない。
3. 先生たちの残業が「青天井」(天井がなくてどこまでも積みあがっていく状態)になる。

 この悪い流れを断ち切るには、残業代を出さない「給特法」を変えるしかない。そういう意見があります。「給特法悪玉論」です。

先生を8時間以上働かせるのは法律違反

 ところが、給特法を詳しく読んでみると、私にはそんなに悪い法律だと思えないのです。

【給特法のポイント】
1. 教員には働いた時間の長さに応じた残業代を支払わない。
2. 給料の4%分の「手当」を出し、次の仕事に対する超過勤務は可能にする。1)校外実習、2)修学旅行、3)職員会議、4)非常災害、である。
3. 「超勤4項目(1~4)」をのぞいて教員に残業を命じてはならない。

 確かに、1.「残業代を支払わない」というのもポイントです。しかし、私がもっと注目しているのは、3.「残業を命じてはならない」という点です。

 つまり、学校長などの管理側が超勤4項目以外の仕事を命じて教員を1日8時間以上働かせたら法律違反なのです。

 実際は1日8時間以上の労働があふれていますよね。全国のたくさんの教員たちが午後5時以降も校舎に残って働いています。やっている仕事の大半は『超勤4項目』に当てはまりません。

 これって、どういうことか? 学校教員の世界には違法な時間外労働がまかり通ってしまっているということです。

テストの丸つけは自主的・自発的な勤務か?

 違法な時間外労働を正当化するため、教育委員会や文部科学省はおかしなことを言っています。教員の残業は「本人たちが自主的に行っているもの」と解釈し、「残業は命じていない」と言うのです。そして残念ながら私の裁判では今のところ、判決はこの行政の主張を支持しています。

 裁判の内容を一部だけ紹介しましょう。

 私は裁判で「午後5時以降の仕事の見える化」を行いました。正規の勤務時間が終わった後に自分がどんな仕事をしていたかのリストアップです。仕事は53種類ありました。

【「午後5時以降にやっていた53項目の仕事」の例】
 教室の整理整頓、掃除用具の確認、落とし物の整理、翌日の授業の準備、ドリル・プリントの丸つけ、作文へのペン入れ、学年便りの作成……。

 裁判所はこの53種類の仕事を一つひとつ検討し、「校長から命じられた仕事」と「自主的・自発的な勤務」とに分けていきました。前者は労働時間としてカウントするけれど後者はカウントしない、という意味です。

【裁判所の判断結果の一部】
・​校長から命じられた仕事(労働時間として認める)
 ……翌日の授業の準備(1教科5分)、週案簿の作成、通知表の作成、校外学習の準備
・自主的・自発的な勤務(労働時間として認めない)
 ……ドリル・プリントの丸つけ、作文へのペン入れ、教材研究、教室の整理整頓、掃除用具の確認、落とし物の整理

 ドリル・プリントの丸つけ仕事は「自主的・自発的な勤務」であり、労働時間にはカウントしないそうです。判決はその理由をこう書きました。「校長は児童にどんな課題を出すか指示していない。田中が自らの教育的見地に基づき、自主的に決めていた」。

 しかし、毎日宿題を出すというのは職員会議で決まったルールでした。それでも丸つけ仕事は「自主的・自発的な勤務」なのでしょうか?

 また、「翌日の授業の準備」は労働時間と認めるけれど、労働時間にカウントするのは「1授業につき5分だけ」だそうです(たった5分で何ができるでしょうか?)。

 しかも、長期的な授業の方針を決める「教材研究」は、教員の自己研鑽(さん)の側面があるということで、「自主的・自発的な勤務」とされました。

 さいたま地裁、東京高裁はこうした納得がいかない判断を積み重ね、「違法な時間外労働を命じられた」という私の主張を退けました。もちろん、残業代の支払いを求める主張も認めませんでした。

 私は、自分の言っていることには筋が通っていると思っています。現在は最高裁に上告しています。

給特法は悪くない。解釈の仕方を間違えている

 最初にお話ししたとおり、教員の働き方改革をめぐって、「給特法を変えよう」という声が大きくなっていることは理解しています。

【先生の“働きすぎ状態”をよくするためのアイデア】
・働いた時間に応じた残業代を払うようにする(給特法の廃止)
・残業代のかわりに払う「手当」の金額を増やす(給特法の改正)

 個人的には、給特法の改正案にはあまり賛同できません。

 今の教員の働き方に見合う給与を国が出すことは不可能です。お金を出すことではなく、教員の仕事量を減らすことが大切なのです。減らせる仕事はたくさんあるのです。

 給特法には「超勤4項目をのぞいて教員に残業を命じてはならない」とはっきり書いてある。せっかく法律を作ったんだからきちんと守りましょうよ、というのが私の意見です。

 給特法という法律が悪いのではない。法律の運用、使い方が間違っているだけである。もっと言えば、学校長や教育委員会が法律を破り、文部科学省や裁判所がそれを追認・正当化しています。

 実態に合わせて法律を作り直すよりも、まずは法律をきちんと守ることを優先すべきじゃないかと思います。

残業代よりも本当の「豊かさ」を

「給特法を守ろう」というかけ声だけでは、何も変えない「現状維持」との違いが見えにくいのは事実です。しかし、「8時間を1分でも超えて働いたら違法状態だ」と私は言っているのです。これは結構、ラジカルな考えだと思っています。

 ラジカルですが、不可能なはずはありません。私が教員になった40年前の長時間労働が当たり前のバブル期でさえ、8時間労働が実現できていたのです。無駄な会議や書類仕事はさせない。教員以外の人に仕事の一部を代わってもらう。教員が「授業」という本来の仕事に集中できる環境を整えれば、今でも8時間労働は実現できるはずです。

 個人的には教員の収入がこれ以上増える必要はないと思っているんです。一般の会社員と比べてもそれなりに高い水準です。むしろ1日8時間労働をきちんと守ったほうが、本当の意味で教員は「豊かな暮らし」ができるのではないでしょうか。また、どうしても仕事が多いのなら、その分たくさんの人を雇うほうがいいと思います。

(取材・文/牧内昇平)

◎田中まさおさん公式Twitter→https://twitter.com/trialsaitama
◎著者・牧内昇平Twitter→https://twitter.com/makiuchi_shohei