『らんまん』第14週、万太郎(神木隆之介)は田邊教授(要樹)から「私のものになりなさい」と言われた。教授専属の「プラントハンター」になれという提案で、断ると今度は「何の身分もない、何の保証もない、小学校も出とらん虫ケラが」と言われていた。
虫ケラってあんまりではある。が、それ以前の田邊の話は、あながち間違っていないと感じた。東京に戻った万太郎は、土佐で採取した新種らしき標本を東大に持っていった。それを教室ではなく、あえて自分の家で開かせた田邊はもはや想定内で、問題はそこから。田邊は万太郎の立場を、「見つけるが、発表できない」と規定した。
次の植物学会誌に万太郎は寄稿できないことを匂わせ、万太郎を動揺させる。そして今後の身の処し方について、大学予備門に4年通って東大を受けるか、留学するかどちらかだと言う。そんな遠回りはできないという万太郎には「遠回りをするからこそ、正しいものに出会える」「学歴さえあればいい」「私ならさっさとやり直す」と続ける。その間に他の人がどんどん新種を見つけてしまうと万太郎が言うと、「おかしいな。君は植物が好きなんだろう。遠くから喝采を送ればいい」と返した。筋の通った指摘だろう。
「最後の提案」が「私のものになりなさい」だった。「遠回り」を万太郎が否定するとわかっての作戦だろう。が、万太郎は「田邊のもの」になれば、発見者として名を残せないと断った。正しい選択とわかりつつ、「予備門→東大」「留学」でもいいのにと思う。万太郎の頭脳なら、植物学教室に通える権利を行使し続けても東大は受かるだろう。留学の間に誰かが新種を見つけても、万太郎の情熱があればすぐに取り戻せるはずだ。
身分格差の現状を万太郎に教えた佑一郎
だが万太郎は、「植物愛」ゆえに第三の道を選ぶ。そう理解するのが素直な見方。そうわかりつつ私には、「子どもパワー」ゆえに見える。「いやだったら、いやぁー」「自分でやりたいのおー」。万太郎の主張はこれなのだ。幼い子どもが口をとがらせて言うのと、そう変わらない。
普通は成長するにつれそういう主張(わがままとも言う)も弱まるが、万太郎は結婚してもキープしている。だから万太郎は、一流の学者になった。わかっているが、どうも温かく見守れない。もう少し大人になれないかなー。神木さんの童顔に、ついイラッとしてしまう。
というような視聴者がいることを、脚本家の長田育恵さんもわかっていると思う。だから『らんまん』には、真っ当な大人が登場する。そして、大人にふさわしい真っ当なことを語る。それが長田流だ。こういう人でありたい、こういう世の中でありたい。長田さんの思いを託されている大人たちだ。
14週では、万太郎の幼なじみ・佑一郎(中村蒼)がそうだった。佐川の名教館で万太郎と学び、札幌農学校を経て現在は工部省勤務。アメリカに留学する前に、シャケを持って万太郎の住む長屋を訪ねてきた。万太郎が「佑一郎君は子どものころからビシーッとしちょった」と寿恵子(浜辺美波)に言うと、「うちは武家で没落しましたきね。あとがなかった」と佑一郎。そこが万太郎と違うのだ。田邊の「虫ケラ」発言を聞くと、鉄道建設工事の話をした。
設計するのは一握りの学校出だが、実際に働いているのは安い前金で集められ、家族に金を送ろうとする人たちだった。北海道は特に苛烈で、身体を傷め、逃げようとしてムチで打たれる人もいた。そんな人たちを前に自分たち若造が「先生」と呼ばれて、怖くてたまらなかった。そして、この人たちに恥じない仕事をしなくてはと思っていた。そんな話をし、「その教授を普請場に放り込んでやりたいのう」と言った。歴然たる身分格差、搾取の構図。それを「怖い」と感じる。長田さんは万太郎の周辺に真っ当な人を置き、要所要所で長台詞を言わせる。
長田郁恵さんの脚本に自分の仕事人生が重なる
13週では祖母・タキ(松坂慶子)だった。祝言の席で万太郎が、姉・綾(佐久間由衣)と竹雄(志尊淳)に峰屋を譲ると宣言した。分家の男3人が「綾は本家の人間じゃない」と騒ぎだす。そこからがタキの長台詞。「家ゆうがは何じゃろうのう」と語り始める。自分は何を守ってきたのだろう、家よりも「今ここにいるおまんらの幸せが、肝心ながじゃ」。そう言うと、分家を見下してきたのは誰だと問われる。「ほうじゃのう、わしがそうしてきた」。そしてこう言った。「けんどのう、時は変わった」。
死が近づいていることを悟り、自分の流儀が時代と合わなくなっていることに気づいたからこそ、「この先は、本家と分家、上下(うえした)の別なく、商いに励んでほしい」と頭を下げた。自分と世の中を見つめる。間違いは認め、思いは素直に語る。朝ドラが描いてきた、真っ当な女性の系譜にタキはぴったりはまっていた。
再び佑一郎だが、万太郎の打開策として、博物館を訪ねよとアドバイスした。「訪ねていく先があるゆうことも、自分の宝じゃき」と。自分の仕事人生と重ねて、うんうんとうなずく。そういうところも、長田さんは上手だ。「リオデジャネイロ号の3等船室で行くき」と佑一郎。万太郎は明るく「無事帰ってきたら、今度は牛鍋じゃ」と返す。やっぱり万太郎、能天気すぎる。
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。