「朝ドラには全部で5本出させてもらいましたが、『ひらり』は本当に特別な作品です。
いま再放送を見ると、当時は自分のことだけで精いっぱいだったのが、あらためてドラマ全体を俯瞰(ふかん)できて本当に面白いお話だなぁと。ギャハハと声をあげて楽しんでいます」
NHK連続テレビ小説『ひらり』でヒロイン・ひらり(石田ひかり)の姉で「恋のライバル」でもある “みのり” を演じた鍵本(かぎもと)景子さん。
久しぶりにお会いすると、30年前(放送は1992〜93年)と変わらぬスリムな体型に張りのある声で、みのりのある人生を送っている様子が感じられた。収録当時の思い出やその後のエピソードなど、たっぷりと話を聞かせてもらった。
ぐちゃぐちゃしている「みのり」に共感
NHK総合で再放送中の朝ドラ『ひらり』(脚本・内館牧子)。石田ひかり演じる相撲が大好きな女の子・ひらりとその家族、相撲部屋の力士たち、東京の下町の人々などの人間模様を描いて大人気ドラマとなった。
鍵本さんが演じた姉・みのりは、丸の内にある大手商社に勤めるOL。驚かされるのは、今ではすっかり様変わりした「結婚適齢期」を迎えた女性の姿だ。
「上司に “みのりちゃん、結婚まだ?” ってみんなの前で聞かれたり。今だったら考えられないし人権問題ですよね(笑)。
25歳まで誰とも付き合ったことがないって設定ですけど、素直で明るくてみんなに好かれる妹と自分を比べて常にコンプレックスを感じていて、会社勤めしていても腰かけ気分で “早く身を固めたい” とか、最初っから焦りまくっているんですよね」
みのりは両国診療所に赴任してきた青年医師・竜太(渡辺いっけい)にひと目惚れして「結婚」を夢見るようになるが、なかなか素直に恋心を伝えられない。一方、ひらりと竜太はお互いに言いたいことを言い合いながら、ケンカ友達のような気のおけない間柄に。ドラマ前半は、みのりにとってもどかしい展開が続く──。
「みのりってどんなに真剣にしていても、どこかコメディーですよね。すぐに転ぶし(笑)。
ひらりと暮らす2階の部屋はロールカーテンで仕切られているんですけど、“もうあんたなんか嫌い!” ってピュッて締めちゃったり(笑)。
よく覚えているのは、ひかりちゃんと2人だけのワンシーンで15分を演じる回(※)があって、撮影するのに5時間ぐらいかかりました」
※第61回。オープニングの出演者クレジットに、石田ひかり、鍵本景子の2名だけが表示される画期的な回だった。
「竜太への恋心をずっと隠していたみのりがとうとう爆発して、ひらりと言い合いになるんです。
“お姉ちゃん、なんでそんな大事なこと言ってくれなかったの” “そんなこと言える? 最初、ひらりは竜太先生のこと好きじゃないって。あんなやつ! とか言ってたでしょ。そんなこと聞いてたら、私、言えるわけないじゃない”って。
テンションを上げる芝居が続いて、疲れて笑いが止まらなくなっちゃったりして、NGも出るし大変。撮り終わったときは夜中になっていました」
──放送当時「みのり現象」って言葉があったじゃないですか。社交的で要領のいい妹とは対照的に、自己肯定感が低くてチャンスを逃し続ける姉……。視聴者の間では、みのりに共感を寄せる声も多かった。それは耳に入ってきましたよね?
「そうですね、雑誌の特集でも “あなたはひらり派? みのり派?” みたいな組み方をしてもらったり。やっぱり、ひらりちゃんみたいな女性はなかなか現実には存在しづらい。明るくて素直だしとっても思いやりがある。お姉ちゃんがあんなにひねくれてるのに、“おかしいよ、お姉ちゃん” みたいな感じで、お姉ちゃんのことも思いやれる。
でも、みのりは本当にぐちゃぐちゃしていて(笑)。現実にはあそこまであからさまにぐちゃぐちゃな人は少ないでしょうけれど、誰しも心の中は揺れっぱなしでみっともない部分を抱えている。それがリアルだったのかもしれません。
と同時に、イライラするとか、みのりは好きじゃないという人もいました」
演じていた当時、鍵本さんはまだ22歳。
「役では25歳という設定でしたが、実際には20歳のひかりちゃんと2歳しか違わない。みのりの衣装はすごい肩パッドなんですよ(笑)。まず自分では着ないような服なんですけど、衣装で姉妹を差別化する意味もあったんでしょうね」
──みのり役と自分自身のギャップに苦労することはありましたか?
「私自身は小さいころから自由にやりたいことをやってきたほうなので、やっぱりそこは違います。だから8か月撮影期間があったんですけど、みのりちゃんのモチベーション、コンプレックスを保つのがだんだん難しくなってきました。
小手先だけの表現にはしたくなかったので、強引にこじつけていくんですね。自分の中でいろんなものを役に反映させ、ひかりちゃんと景子を比べるみたいに……。石田ひかりは『光』、鍵本景子の景は『影』で、光と影なんだと思ってみたりとか(笑)。なんとかねじ込めて、マイナス思考に持っていこうとしましたね」
石田ゆり子と「姉」同士がご対面!?
ひらりを演じた石田ひかりは、当時アイドル的な人気を得ていた若手女優。
「私はオーディションで選ばれたのですが、ヒロインが石田ひかりちゃんだと聞いてすごく嬉しかったです。『南くんの恋人』っていう内田春菊さんのマンガ原作のドラマ(※)に出演したのを見ていて、ひかりちゃんの演技がすごく好きだったんですよ」
※平凡な高校生の南くんと身長15センチほどになってしまった恋人・ちよみの純愛を描く。これまで4度ドラマ化された人気作で、石田ひかりが出演したのはその第1作(1990年)。
「お会いすると、すごく気さくな方で話しやすかったですし、どこか職人っぽいっていうか、サバサバしてプロ根性があって、私よりもよっぽどしっかりしている。どんなに過酷なスケジュールでも疲れた顔を見せないし、愚痴も言わない。
しかも本当に自然体だし、可愛いし、演技も上手。上手っていうか自然に反応しているから、こっちも生きた芝居になる。生き返るっていうか面白いんですよね。気持ちがちゃんと流れてくる」
「彼女は私のことを景子とは呼ばないで、ずっと “みのりちゃん” って呼ぶんです。『ひらり』が終わってからも『ワーズワースの冒険』という旅行番組(フジテレビ系)に誘ってくれて、“私、今度それに出るんだけど、みのりちゃんと一緒に行きたいんだ” って。“で、どこに行きたい?” って聞いてくれて、私が “インドに行きたい” って言ったら、インドに連れていってくれました(1996年放送)。
ひかりちゃん家でお鍋をしたこともありますし、急に “お芝居見に行こう” って銀座に行くと、お姉さんのゆり子さんもいらして、そのあと3人でご飯を食べたこともあります。私がゆり子さんを “お姉さん”って呼んだら、“あなたがお姉さんでしょ” とか言われて(笑)」
新たな「三角関係」にびっくり
『ひらり』は平均視聴率36.9パーセント、最高視聴率は42.9パーセント。「若貴ブーム」に沸いた当時の大相撲人気も追い風となった。
「チーフディレクターの富沢正幸さんのお話では、もともとの企画ではお相撲がテーマではなかったそうなんです。ただ、朝ドラの場合、取材やリサーチに時間がかかるので、そこに労力を割くよりも脚本の内館牧子さんがよく知っている世界の話にしようと。
そこでお相撲だったり、内館さんが13年間会社勤めをした経験(※)が生かされた」
(※)大学卒業後、三菱重工業に35歳まで勤務し、脚本家としてデビューしたのは40歳という遅咲き。大の相撲通としても知られており、2000年からは女性として初めて横綱審議委員会の委員を務めた。
「みのりの役にも内館さんのいろいろなエピソードが入っているのではと思い、私も演じるうえで内館さんのエッセイをしっかり読もうと思いました。
みのりが竜太先生に告白して、強引に両国診療所に寝泊まりする場面では “あそこはみのり、本気でやってたわね” って褒めてもらって嬉しかったです」
──後半からは、みのりの「押しかけ女房」作戦が功を奏して竜太先生と付き合い始めるわけですが、なかなか関係が深まっていかない。そこに大学病院で竜太と同期の小林先生(橋本じゅん/当時の芸名は橋本潤)が登場して、もうひとつの三角関係になっていく。ああいうストーリー展開は台本が届いて初めて知るわけですか?
「そうです。私もびっくりしました(笑)。みのりが急にモテモテになって揺れるんですよね。“まだ揺れてる” とか思ったり(笑)。
橋本じゅんさんは、渡辺いっけいさんの推薦で決まったそうなんです。『劇団☆新感線』時代の先輩後輩という関係で、いっけいさんが富沢さんに “いい人がいるから” と」
(※渡辺いっけいのインタビューはこちら:朝ドラ『ひらり』秘話。渡辺いっけいが「芸能人にはなれない」と思った瞬間と秘めていた「覚悟」)
「私も “緊張しい” なんですけど、じゅんさんもかなりの緊張しいで(笑)。
『ひらり』が初めてのテレビ出演だったそうで、“みのりはん”って言いながら、めちゃくちゃ汗かいて緊張していましたよ」
夏目雅子さんが一緒に遊んでくれた
鍵本さんが演技の世界に入ったのは、小学校6年生の秋(1980年)。
「ちょうど『3年B組金八先生』が流行(はや)っているころで、(雑誌の)『明星』に金八先生に出ている子たちの写真、役名、所属がどこどこの事務所だとかいっぱい載っていて。そこに《撮影現場は学校よりも面白い》と書いてあって。
私は学校も大好きだったので、それよりもっと楽しいところがあるんだって(笑)」
新聞のテレビ欄の広告を見て「劇団若草」に応募。半年間予科で訓練をして本科に進み、レッスンに通いながら、ドラマなどのオーディションを受けたという。
初めて子役として出演したのが、読売テレビ制作の木曜ゴールデンドラマ『非行主婦・アル中の女』(1982年/鶴橋康夫監督)。
「浅丘ルリ子さんと夏目雅子さんが姉妹で、同じ人を好きになっちゃって事件が起こる。私は痩せていたからなのか、浅丘ルリ子さんの少女時代の役をやらせていただきました(笑)。
蓼科のすごく豪華な別荘でロケがありました。夏目さんは優しい方で、一緒に折り紙をして遊んでくれたのを覚えています。夏目さんの少女時代役の子と3人で、撮影の合間に同じ机に向かっていましたね」
「TBSの『真昼の月 続・病院に死ぬということ』(1994年)では大竹しのぶさんが末期がん患者さんの役で、その妹を演じさせてもらいました。山崎章郎先生が書かれた『病院で死ぬということ』の原作本をもとに作られたドラマで、演出の井下靖央さんがサザンオールスターズのオープニングテーマ曲でリンゴが飛んでる=『ふぞろいの林檎たち』の演出もされている方だったんです。そういう方とご一緒できたことがすごく嬉しかったですね」
鍵本さんの話を聞いていると、俳優だけでなく作り手の名前が次々に登場してきて、ドラマや映画や音楽が心の底から好きだということが伝わってくる。
「でも実際に共演すると “ファンでした” とか言えないんですよね。薬師丸ひろ子さんも『セーラー服と機関銃』とかいろいろ拝見して大好きだったんですけど、映画の『病院へ行こう』(1990年)のときにはそんな話もできませんでした」
──同じ役者として一緒の土俵に上がっていますし、やっぱり言えないものなのでしょうね。石田ひかりさんには、先ほどの『南くんの恋人』の話はしましたか?
「それはやっぱり撮影期間が長いし、どんどん仲良くなったので。“あれ、好きだったんだ。すごくよかった〜” “そっかあ、みのりちゃんに褒められて嬉しいわ” みたいに。池内淳子さんも “あなたたちほんとに仲がいいのね”って、嬉しそうな顔して、おっしゃってくれました」
声の仕事は『魔女の宅急便』から
プライベートでは2000年、知人の紹介で知り合った一級建築士の男性と31歳で結婚。36歳で出産した長女は、今春高校を卒業し大学に進学した。
「ずっと担当してくれたマネージャーが “結婚したら家庭を大事にしなさい”っていう考えで、2〜3日で撮影が終わるようなお仕事が中心になりました。
それとは別に、20代の後半から朗読など声のお仕事もしています。役者ってどちらかというと受け身で、いつどんなお話が来るかわからない。自分でコンスタントに練習して何かを表現したいっていう思いがあったんですね。白石加代子さんの『百物語』を拝見して素敵だなぁって。自分もいつかそんなことできるようになりたいなと思ったんです」
2009年からスタートさせ、現在もっとも力を入れているのが、宮沢賢治の作品を屋外で上演する “幻燈会(画+音楽+朗読)”。
『どんぐりと山猫』『セロ弾きのゴーシュ』『注文の多い料理店』など演目は毎回異なり、イラストレーター&デザイナーの小林敏也さんの絵をスクリーンに投影。鍵本さんが朗読を担当し、さらに音楽(篠笛・能管の植松葉子さん、パーカッションの入野智江さん)が加わる編成だ。東京・小平市の市民グループ「どんぐりの会」
「公園の林の中などに4メートル×5メートルの白い防炎シートを張ってもらってスクリーンにしています。土の上でできて、ときどき風が吹いたりしてとっても気持ちがいいんですよ。
この4月1日には 国分寺市のグループに呼ばれて、“てのわ桜見幻燈会”と題して、史跡武蔵国分寺跡で宮沢賢治の『雪わたり』を上演しました。『ひらり』を見たという方も来てくれました」
招きに応じて全国各地に「出張」もしており、図書館などの屋内で行う場合もあるという。
さらにコロナ禍を経て、紙芝居『おきなわ 島のこえ』の上演も始めた。
「もともとは丸木俊、丸木位里ご夫妻が描かれた絵本(小峰書店刊)なのですが、ぜひ紙芝居としてもお伝えしたくて、出版社から著作権者の方を紹介していただきました。
原画のデータを知人の写真家の方にお願いしてA2サイズの印画紙にプリントしていただいて、自分でその裏にケント紙を貼ったり額縁を作ったり。小さなカフェで私ひとりでやらせてもらっています」
ちなみに鍵本さんが初めて声の仕事をしたのは、アニメ映画の『魔女の宅急便』(1989年)。主人公のキキが魔法のほうきに乗って配達した先の女の子の声を担当した。
「ニシンのパイの女の子って、ちょっと感じが悪い役です(笑)。素敵なおばあさまが孫のお誕生日パーティーのためにニシンのパイを焼くんですよ。嵐の中やっと届けに行ったのに、玄関先で受け取った女の子は “またおばあちゃんからパイが来た” ってお母さんに言って、“私、このパイ嫌いなのよね” って」
「アテレコはガラス(録音ブース)の中でやりますよね。演出家は女性の方だったんですけど、総監督の宮崎駿さんが外にいてマネージャーが話を聞いていて、“あの子は『ゲゲゲの鬼太郎』に出てきそうな声だね” って言われてたぞって(笑)」
──わかります(笑)。童話を朗読するときにはそういう雰囲気が必要ですよね。さまざまな人物の声を1つの物語の中でやったりするわけで……。
「それが楽しいんです。普通のドラマだったら、女性の役しかできないじゃないですか。でも、宮沢賢治の例えば『どんぐりと山猫』だったら、山猫だったり一郎くんだったり馬車別当だったり。男の子にも女の子にも動物にもなれるし、おっさんの役もできる。
私のおじさん役を好きだよって言ってくれる人もいるんですよ(笑)。これからいろんな場所で“声” をお聞かせできると嬉しいです」
(取材・文/川合文哉)
《INFORMATION》
第24回月夜の幻燈会 宮澤賢治 作『黄いろのトマト』
2023年6月3日(土) 19:30〜20:00(雨天順延6月4日)
場所/小平中央公園雑木林
出演/小林敏也&おほんゴギーノ(植松葉子・入野智江・かぎもと景子)
主催・問い合わせ先/どんぐりの会 https://dongurinokai.net
《PROFILE》
かぎもと景子(かぎもと・けいこ) 1969年1月7日生まれ。小学6年生で劇団若草に入団し、1982年『非行主婦・アル中の女』でドラマ初出演。NHK連続テレビ小説には『おしん』『凛々と』『ひらり』『さくら』『芋たこなんきん』の5作品に出演。近年は「声」の仕事に積極的にかかわり、幻燈会、紙芝居などの公演を行なっている。
2023年5月より「鍵本」から「かぎもと」に改名。